第22話 認識の差
コンコン、と扉がノックされる。入れ、と言うと、笑顔のリベルタが入ってきた。
「シャルル様、聞いてください。俺、いろんな話を聞き出しましたよ」
笑顔で駆け寄ってくると、リベルタはええっと……と懐から羊皮紙を取り出した。
「ちゃんと書いてるんです」
ほら、とリベルタはメモを見せてくれたが、読めるような字ではない。しかもほとんどが文章になってもいない。
仕方ないことだ。彼はここにくるまで、文字の読み書きができなかったのだから。
ただ、最近は少しずつ文字の読み書きを勉強している。理解は遅いが、教えたことはちゃんと覚えようと必死だ。
「ありがとう。報告してくれ。……あと、座っていいぞ」
「ありがとうございます!」
リベルタはシャルルの隣に座った。正面の席もあるのだが、リベルタはいつもシャルルの隣に座るのだ。
「まず、彼自身のことです。家柄や経歴に関しては、血統書に書かれていたことが事実だと言っていました」
「そうか」
既に彼の家を調べるよう他の隊員に命じている。明日になれば、その報告も届くだろう。
「それから、人身売買が行われていることは以前から知っているようでした。そして、金がなくなった頃、運営から商品になることへの同意を求められたそうです」
「金を貸す代わりに、か?」
「はい、そう言っていました」
ヘリオスの予想通りだ。要は自分そのものを担保にして、店から金を借り、その金で賭博に興じていたというわけである。
「他の客についてなにか聞けなかったか?」
「紹介であの賭博場にやってくるということと、妓楼で働くことで金を捻出していた女性も多いとのことです」
「なるほどな」
「あと、若い男性よりも女性が多いのは、高く売れやすい上に、金を稼ぎやすいからだと」
確かに、若く美しい女性であれば、店から金を借りずとも妓楼でかなりの額を稼ぐことができる。
そしてもし賭け金を払えず、人身売買によって売られることになっても、いくらでも買い手がいるはずだ。
「買い手は、大商人や貴族が多いと言っていました。小金持ちなどではなく、莫大な金を持った人だと。だからこそ、秘密は守らなければならないのだと言っていました」
貴族が人身売買に加担している、と知られるわけにはいかない。家名に傷がつくし、社交界での評判も下がるだろう。
それに違法だ。悪質だと判断されれば、爵位を取り上げられることもある。
「……そこまでして、あの場に行きたいものなんだな」
賭け事に狂い、他人の命を金銭で買う。限られた一部の人間にしかできないことだ。だからこそ、夢中になる者が現れたのだろうか。
「店から金を借りる時に、賭博場で行われている全てのことを秘密にするという契約書も書かされたそうです。もし他人に言えば、家族にも危害を加えると」
今まで、どれくらいの人間があの場で買われたのだろう。
そして買われた人々は今、どうなっているのだろうか。
「俺が聞き出せたのはこれくらいです」
「あいつは簡単に喋ったのか?」
家族に危害を加えると脅されているのに、ジョシュアはあっさりと秘密を口にしたのだろうか。
我々、特務警察部隊を信頼してのことなら、その期待に応えなければならないな。
「はい。最初はあまり教えてくれませんでしたけど、何度もしつこく聞いて頑張りました!」
そう言うリベルタの目はきらきらと輝いている。褒められることを期待しているのだろう。
「よくやった。感謝する」
「はい!」
「今日はもう休め。疲れただろうから」
「分かりました」
おやすみなさい、と頭を下げて、リベルタは部屋を出ていった。
「……あいつ、意外と交渉が上手いのか?」
正直、他の隊員に再度聞き取り調査を行わせることになると思っていた。
それがまさか、ここまでちゃんと話を聞いてくるとは。
「少し、様子を見にいってみるか」
◆
部屋を出て、シャルルは牢獄へやってきた。ここへくるのは久しぶりである。
「確か、見張りはアレクに交代したんだったな」
ジョシュアが入っている部屋は地下にある。階段を下りると、鉄格子がはめられた部屋の前に立つアレクと目が合った。
「隊長」
アレクが深々と頭を下げる。
「様子はどうだ? リベルタの取り調べが上手くいったと聞いているが」
アレクの横に並び、鉄格子の中へ視線を向ける。
シャルルはジョシュアの姿を見て、一瞬かたまってしまった。
部屋の中央で膝を抱えて蹲った彼の身体は小刻みに震えている。シャルルの足音に反応し、一瞬だけ顔を上げた彼の顔は恐怖に染まっていた。
「……なにがあったんだ?」
「あいつの手、見てみてください」
アレクの言葉に従って、ジョシュアの手を観察する。
「……何本か、爪が剥がれてるな」
「はい。他にも、腕と足の骨が折れているようで」
はあ、とアレクが溜息を吐いた。
「隊長に褒められたくて、なんとか話を聞き出そうとしたみたいですよ」
「拷問を許可した覚えはないぞ」
「リベルタは、殺していないから問題ない、という認識でしょうね。たいした傷も与えていないから、褒めてもらえるはずだと笑っていましたよ」
確かに、ジョシュアの傷は命に関わるようなものではない。人を殺すな、というシャルルの教えを守ってはいる。
「……分かった。リベルタには明日、俺から話しておく」
「ご苦労様です、隊長」
頭の中に、リベルタの幼い子供のような笑顔が浮かぶ。
上手く感情の処理ができなくて、シャルルはそっと溜息を吐いた。
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