第21話 中毒
「おめでとうございます。オークションの勝者は貴方ですよ」
仮面の男に微笑まれ、ヘリオスは頷いた。
結局、オークションに勝つためにかかった金額は、金貨170枚である。
とんでもない金額だ。
仮面の男がパチンッ、と指を鳴らす。すると、奥にいた給仕係が一枚の羊皮紙を持って現れた。
そして、その紙をヘリオスに渡す。
ひょい、とシャルルはその紙を覗き込んだ。
「……これは」
そこに記されていたのは、人の名前と生年月日、家系図とこれまでの経歴だった。
「血統書ですよ」
仮面の男がにやりと笑う。確かに、これは紛れもなく血統書だ。犬や猫を売買する時につけられるものと同じである。
ヘリオスが買った男の名前はジョシュア・ルイス。果物を原材料とする加工品を販売しているルイス家の次男だ。
仮面の男が盛大な拍手をする。すると、少しずつ集まっていた人々が散らばっていった。そして、また各テーブルで賭け事が始まる。
ジョシュアは、怯えた目でヘリオスを見ていた。
「一度、出ようか」
ヘリオスの言葉に異論はない。リベルタに命じ、拘束されたままのジョシュアを担がせた。
「もうお帰りで?」
階段を上がる直前に、仮面の男に声をかけられた。ヘリオスは微笑んで応じる。
「ええ。せっかくいい物が買えたので、早く帰りたくなってしまって」
なるほどと仮面の男は笑い、笑顔で見送ってくれた。これ以上引きとめられないうちに、シャルルたちは地下室を後にしたのだった。
◆
レストランを出て、そのまましばらく歩く。誰も何も言わないまま、貧民街を出た。
「で、彼はどうする?」
ヘリオスがちら、とジョシュアを見つめる。ジョシュアは怯えた顔で、媚びを売るように薄く笑った。
当たり前だが、人身売買は禁止されている。それが、まさかこんな形で行われているなんて。
「とりあえず、話を聞かないとな」
「だね。連れて帰ろうか」
地下で行われていた秘密の詳細を知るために、ジョシュアに聞きたいことは山ほどある。
とりあえず、いい証拠が手に入ったな。
この血統書も、売られたこいつ自身も。
あそこで悪事が行われていることは判明した。これからどう処理するかは考えなければならないが、久しぶりの大仕事になりそうだ。
◆
とりあえず、ジョシュアは敷地内にある牢獄の一室に収容した。
捕まえた犯罪者はすぐに役所へ引き渡すが、特務警察部隊の宿舎がある敷地内にも、一応牢獄はあるのだ。
「なるほど。高額な賭け金が必要な違法賭博と、人身売買ですか」
今回の報告を聞いて、ヒューは溜息を吐いた。どちらも、清廉な彼にとっては口にするのも嫌な事件だろう。
「そう。だから、美人と金持ちしか入れなかったんだろうね。美人は売れるし、金持ちは買い手になれるだろうから」
ヘリオスの言葉に、そうですね、とヒューが頷く。
現在、会議室にいるのはシャルルを含めて三人だけだ。リベルタには、牢獄でジョシュアの見張りと聞き取り調査を命じてある。
彼が十分な聞き取り調査が行えるかは不明だが、物は試しだ。不十分であれば、再度別の者にやらせればいい。
「今回の彼は、自分が売られることに同意していたんでしょうか? 暴れたりはしなかったんでしょう?」
「金がなくなりそうな客に、個別に声をかけていたのかもしれないね。もしかしたら、売られることに同意する代わりに、店から金を借りていたのかも」
ヘリオスの予想に、ヒューは理解できないと首を横に振る。
「そこまでして、違法賭博を続けたいなんて」
シャルルも、ヒューと同じでジョシュアの気持ちは理解できない。
しかし、ヘリオスは違うようだった。
「最初はきっと、彼だってそうだったと思う。でも、賭け事を続けるうちに、中毒になってしまったんだろうね。一瞬で大金を手に入れる快感に」
賭博好きの彼の言葉には説得力がある。
きっとヘリオスは、今まで何人も賭け事に狂った人を見てきたのだろう。
「とりあえず、今日は休ませてもらう。隊長も休んだら?」
「そうだな。だが、リベルタの報告は聞かないと」
ジョシュアへの聞き取り調査が終わり次第、すぐに報告するように命じている。報告を聞くまでは休むわけにはいかない。
「僕には明日教えてくれたらいいよ。今日は酒を飲んで寝るから」
そう言うと、ヘリオスは軽やかな足どりで会議室を出ていった。
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