第20話 地下の秘密

「これ、どういうルールなんですか」


 シャルルの耳元でリベルタが聞いてきた。きっと、今まで賭博になんて縁がなかったのだろう。


「サイコロを3つ投げて、出た目で勝敗を決めるんだ」

「えっと、合計の数字が大きい方が勝ちとかですか?」

「いや、そうじゃない。基本的にはゾロ目が勝ちだ。ゾロ目の中だと、目が小さい順に強い決まりだな」

「……なんか、ややこしそうですね?」


 俺には絶対無理ですよ、とリベルタが溜息を吐く。

 彼が賭け事に興味を持たなかったことに、シャルルは内心でほっとした。


 賭け事はトラブルのもとだからな。


 トラブル防止のために賭け金の上限を決める法律ができたわけだが、遵守されているとは言い難い。

 個人間の賭け事まで法で裁くことは難しいし、貴族たちの中にはこっそりと違法賭博を楽しむ者も多い。


 だからここが単なる違法賭博場なら、わざわざ取り締まるほどのものではないのだ。


「見ろ、ゲームが始まるぞ」


 ゲームは、ヘリオスを入れて四人で行われるらしい。対戦相手は全員男だが、年齢はバラバラだ。


「見てる側が緊張しますね」


 サイコロを順番に振っていく。まず、一番右端に座っていた中年の男がサイコロを3つ、勢いよく振った。


 出た目は、1,2,3。


「……これは?」

「連続しているだけマシだが、ゾロ目の下だ」

「へえ」


 次の男が出した目は、2,4,5。

 そしてその次の男が、なんとゾロ目を出した。3,3,3である。


「これ、まずいんじゃないんですか? 負けたらあのお金、全部なくなるんですよね?」

「大丈夫だ。あれくらい、あいつからすればどうってことはない」


 金貨10枚は大金だ。しかし、大金持ちのヘリオスからすれば、たいした額ではないだろう。

 自由に使える金だけを考えたら、ヘリオスは王子であるシャルルよりもずっと金持ちなのだ。


 ヘリオスがサイコロを3つ手にとる。サイコロは3つを同時に投げる決まりがあるのだ。


 ひょいっ、とヘリオスがサイコロを放る。周囲にいた全員の視線がサイコロに集まっているのが分かる。


 出た目は、1,1,1。

 1のゾロ目。要するに、このゲームにおいて最強の目だ。


「これって……!」

「ああ。ヘリオスの一人勝ちだ」


 にっこりとヘリオスが笑い、右手を差し出す。金を寄越せ、という合図である。

 賭けに負けた男たちが悔しそうな顔で金貨をヘリオスの手におく。しかし、一番若い男だけは身動き一つしない。


 青ざめた顔で俯いている。


「ねえ、金貨は?」


 そんな彼に追い打ちをかけるようにヘリオスが言った。しかし、男は何も言わない。いや、言えないのかもしれない。


 ひそひそ、と小さなざわめきが広がっていく。


 なんだ、この空気……?


 他の卓で賭け事に興じていた客まで、手を止めてこちらを見ている。今から、何かが行われるのだろうか。


 シャルルがごくりとつばを飲み込んだ時、シャルルたちを地下へ案内した仮面の男が現れた。


「支払いができないのは、君かね?」


 賭けに負けた男は一瞬だけ顔を上げ、仮面の男を見つめた。そして、絶望したような表情で頷く。


 すう、と仮面の男は大きく息を吸うと、室内全体に響き渡るほど大きな声で言った。


「皆様、お集まりください。今日の商品はこの男です」


 その言葉に反応し、給仕係が集まってくる。

 給仕係は賭けに負けた男を素早く拘束した。


「これ、どういうことなんです?」


 リベルタが耳元で聞いてくる。聞かれたところで、シャルルだってすぐには答えられない。


 戸惑っていると、仮面の男が真っ直ぐにヘリオスを見つめた。


「お客様。少々お待ちください。きちんとお金はお渡ししますから」

「……分かった。ところで、店の取り分はいくら?」

「お客様が手に入れるお金の二割でございます」


 ヘリオスは今回の勝負で金貨30枚を手に入れる。つまり、金貨6枚が店の取り分ということだ。

 賭け事の場を提供する代わりに勝者から金をもらって運営するのは、一般的な賭博場と変わらないらしい。


「ではこれより、オークションを始めます。この男が欲しい人は?」


 仮面の男がそう言った瞬間、何人かが勢いよく手を上げた。そして、次々に金額を口にしていく。


「金貨15!」

「30!」

「42!」


 少しずつ、金額が上がっていく。そのたびに、仮面の男はにやにやと笑っていた。


「やっぱり、単なる違法賭博場じゃなかったみたいだね」


 いつの間にか隣にきていたヘリオスが耳元で囁く。


「……ああ」

「どうする? 参加してみようか?」


 頷くと、ヘリオスはその場で手を上げた。


「120!」


 一瞬場が静まったが、すぐに130! という声が聞こえた。そして、ヘリオスがまた手を上げる。


 どうやらここでは、人身売買が行われているらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る