第19話 潜入捜査

 窓は分厚いカーテンで覆われていて、一度中へ入ると外の様子は見えない。

 天井からつるされたシャンデリアが、店内を明々と照らしている。


「オーナーは奥でお待ちです」


 頷きながら、シャルルは違和感を覚えていた。

 なぜなら、彼ら以外の客が一人もいないからだ。


 煌びやかな店内は静まり返っている。

 それに、テーブルと椅子が少し置かれているだけで、とてもレストランには見えない。


 シャルルたちはここへ入る前に、他の客が店内へ入るところを目撃している。

 にも関わらず、誰もいないのはどういうことなのか。


「ここです」


 ウェイターが部屋の奥にある扉を開けると、小さな部屋があった。

 そして、一人の男が立っている。

 奇妙な仮面で顔の上半分を隠しているため、正確な顔は分からない。だがおそらく、50歳前後の男だろう。


 背筋はピンと伸びていて、立派な顎髭が印象的だ。


「よくきてくれたね」


 男は微笑み、歓迎の意を示すように両手を広げる。


「君たちは、どうしてここへ?」


 試すような問いかけに答えたのはヘリオスだった。


「友人にきいたんです。詳しくは言えないが、楽しい場所があると」

「ほう? どんな友人に?」

「賭け仲間ですよ。僕は賭け事が好きで、彼とも賭博場で知り合ったんです」


 ヘリオスの声はいつもより少し高い。緊張ではなく、変装の一環だろう。

 ちなみに、彼が賭け事を好むのは事実である。しかも、彼はかなり強い。シャルルが賭け事にはまらなかったのは、昔からヘリオスに負け続けているからだ。


「彼らは?」


 仮面の男がシャルルとリベルタを見た。こっそり腕を引いて、喋るな、とリベルタに目だけで伝える。

 ここはヘリオスに任せておけばいい。


「僕の友人です。賭け仲間ではなく、仕事で知り合った友人ですが。近頃かなり儲かっていて、派手に遊びたいというので、つれてきました」

「君、口は堅いかね?」

「ええ」


 ヘリオスが堂々と嘘を言うと、仮面の男はゆっくりと頷いた。


「いいだろう。今日から君たちは、ここの会員……いや、我々の仲間だ」


 男は振り向くと、壁際にある本棚を軽く右に押した。すると本棚があっさりと動き、扉が現れる。


「ついてきたまえ」


 男が扉を開けると、そこには地下へ続く長い階段があった。


 この先に、なにが待っているのか。ごくり、とシャルルは唾を飲み込んだ。


 ヘリオスがいつもと変わらない軽やかな足どりで男の後に続く。シャルルがその後ろを、そして最後尾をリベルタが歩く。


 覗き込んでも下が見えないほど、その階段は長く続いていた。





 長い階段を下りると、そこに広がっていたのは、地上よりもずっと華やかな空間だった。


 宝石や金を使った派手な家具に、鮮やかな服を着た客たち。

 そして、部屋のあちこちに用意された大きなテーブルでは、賭け事が行われていた。


「ようこそ、紳士淑女の楽しい遊び場へ」


 仮面の男が、もったいぶった仕草で一礼する。

 すると、似たような仮面をつけた給仕係が壁際からやってきた。


「お好きな飲み物をどうぞ」


 少し悩んだ後、シャルルは葡萄酒を注文した。あまり酒は飲みたくなかったが、この状況で水を欲しがると怪しまれるだろう。


 すぐに三人分の葡萄酒が運ばれてくる。一口だけ飲んで、すぐにグラスを口から離した。


「見ての通り、ここは賭博場だ。ここでは日頃の地位を忘れ、皆が自由に賭け事を楽しんでいる」


 ほら、と男が一台のテーブルを指差した。

 そこではカードを使った賭け事が行われていて、テーブルの周りにはギャラリーもいる。


 勝負をしているのは、いかにも金持ちそうな恰幅のいい男と、綺麗な顔をした少女だ。


「ここのルールは?」


 ヘリオスが尋ねると、仮面の男はにやりと笑った。


「ここでのルールは、たった一つ。賭けに負けた時に、ちゃんと金を払うことだけ」


 そう言うと、仮面の男は階段をのぼっていった。この後も、面接審査の予定が入っているのだろうか。


「ちゃんと金を払う、ね」


 ヘリオスが呟いて、部屋全体を見回す。賭け事に熱中しているからか、それなりに賑やかだ。


「次は、これを全部賭けるぞ!」


 一際大きい声がした方を振り向く。小柄な男が、テーブルの上に金貨をかなりの枚数おいていた。

 おそらく、30枚近くあるだろう。


 金貨30枚といえば、かなりの金額だ。

 それに……。


「ここ、違法賭博場だね」


 ヘリオスはさらっとそう言った。彼が言ったことは事実である。

 今から約50年前に、賭博に関する法律が定められた。一度の勝負に賭けられる上限は金貨3枚だけだ。


 あくまでも賭け事はただの娯楽でなければならない、という理由で作られた法律である。


「ああ。そうみたいだな」

「でも、それだけだと思う?」


 シャルルが答えるよりも先に、ヘリオスは空いていたテーブルの方へ歩いていった。


「誰か勝負しない? これを全部かけるよ」


 ヘリオスがテーブルの上においたのは、金貨10枚ほど。先程の男よりは少ないが、当然違法である。


 捜査と称して賭博を楽しみたいだけに違いない。やれやれ、とシャルルは軽く溜息を吐いた。

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