第18話 紹介状

「ここに、名前の書いてない紹介状が三通ある」


 テーブルの上に、ヘリオスは紹介状を三通おいた。

 どの紹介状にも、本物だという証拠に判子が押されている。


「どこで手に入れたんだ?」

「それは秘密」


 そう言って、ヘリオスは片目を閉じた。妙に様になっているところが腹立たしい。


「ヘリオス、答えろ」

「はいはい。うちの隊長は横暴だなぁ」


 はあ、とわざとらしく溜息を吐き、ヘリオスはシャルルの隣に腰を下ろした。


 大貴族の次男にして、国内でも有数の大商人。

 金に不自由せず、確固たる地位を築いているこの男は、いつでも特務警察部隊を辞めることができる。


 マルセルと違って、シャルルと血縁関係があるわけでもない。

 それでもこうして働いてくれているのは、第一に仕事を楽しんでいるから、第二にマルセルがいるからだろう。


 そのため、扱いにくい相手でもある。


「これは僕の友人からもらったんだ」

「友人?」

「そう。調べてみたら、僕の友人にも、あのレストランを利用している人はいるみたいでね」

「貴族か、それとも商人か?」

「どっちもだよ」


 ヘリオスはやたらと顔が広い。中には胡散臭い知り合いもいるが、情報網が広いのは確かだ。


「紹介状を渡せば、君だけは見逃してあげる。そう言ったら、すぐにくれたのが三人。やっぱり、中でなにかよくないことが行われているみたいだね」

「見逃すと確約したのか?」

「うん。まあ別に、約束を破ってもいいような相手だったから、どうしてもいいよ」


 さらっと酷いことを言って、ヘリオスは紹介状を一通手にとった。


「それと、面接審査で気に入られる条件も分かった」

「なんだったんだ?」

「美しい顔をしている人間か、金を持っている人間」


 にっこりと笑うと、僕は両方を満たしているね、なんて冗談めかしてヘリオスは言った。


「金持ちと美人を集めるレストラン、か」

「うん。ただ食事を楽しんでいただけとは思えないよね」

「だろうな」

「面白そうだから、僕は行こうと思うけど」


 君はどうする? とヘリオスが瞳で聞いてくる。きっと、シャルルの答えなんて分かっているのに。


「俺も行こう」

「じゃあ、あと一人はリベルタで決まりだ」


 きっと最初から決めていたのだろう。ヘリオスは楽しげに言った。


「君の護衛としてなら、彼ほど心強い子もいない」





 妓楼へ行った時と同様に変装し、シャルルたちは貧民街へやってきた。全員、服装を隠すためにマントを羽織り、フードを深くかぶっている。


 金持ちだということをレストランでは示さなければならないが、貧民街で華美な服装をすると目立つ。

 それに、破落戸たちに狙ってくれと言うようなものだ。


「いい? 今日の君の仕事は、隊長と僕の護衛だよ」


 まるで幼い子供に話しかけるように、ヘリオスはリベルタにそう言った。分かっています、とリベルタも真剣な面持ちで頷く。


「やり過ぎてはいけない。でも、必要な時は、容赦をする必要はない」


 ヘリオスにそう言われると、リベルタは戸惑ったような眼差しをシャルルへ向けた。

 リベルタにとっては、その線引きがよく分からないのかもしれない。


「人は殺すな。殺していいのは、お前が殺されそうになった時だけだ。お前は、これだけ覚えておけばいい」


 ここ最近、リベルタに対して頻繁に言っている言葉だ。


「はい。分かりました」


 リベルタは強い。負けることも、殺されそうになることもないだろう。だとすれば、この言いつけさえ守ってくれればいい。


 三人は無言のまましばらく歩き、目的のレストランの前で立ち止まった。


 初めて来店する時は、扉を開け、現れたウェイターに紹介状をそっと渡すらしい。

 そうすれば、ウェイターが案内してくれるとのことだ。


 シャルルは先頭に立ち、店の扉を開けた。


 チリンッ、とベルが鳴って、三人の来客を告げる。

 店内を覗き込むよりも先に、真っ黒い燕尾服を着たウェイターが出てきた。


「これを」


 そっと懐から紹介状を出す。後ろに控えているヘリオスやリベルタも同じ動作をすると、ウェイターは浅く頷いた。


「どうぞ、こちらへ」


 ウェイターに従い、店内へ足を踏み入れる。

 そこは、貧民街には相応しくない、煌びやかな空間だった。

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