第17話 手合わせ

「リベルタ!」


 マルセルが高らかにリベルタの名前を呼ぶ。すぐに訓練の手をとめて、隊員たちはマルセルを見た。


 相変わらず、よく教育された隊員たちだ。


「前にこい。シャルルがお前との手合わせを希望しているぞ」


 隊員たちがざわつく。リベルタが近づいてくるごとに、彼らの声は大きくなっていった。


「なあ、どっちが勝つと思う?」

「さすがにリベルタだろ」

「まあ、正直そうだよな。でも……」


 失礼な言葉が飛び交っているが、仕方がない。シャルルだって、リベルタに勝てる気はしていないのだ。


「……叔父上」


 恨みがましくマルセルを睨みつけると、マルセルは大きく口を開けて笑った。


「いいじゃないか。みんな喜んでるんだから」

「……そうかもしれませんが」


 シャルルが諦めた時、リベルタが目の前にやってきた。


「あの、えっと……俺、どうしたらいいですか?」

「マルセルが言った通りだ。俺と手合わせすればいい」


 そう答えても、リベルタは困ったような目でリベルタを見つめてくる。

 少し考えて、シャルルはリベルタが考えていることに気づいた。


 負けるべきかどうかを悩んでいるんだ、こいつは。


「……リベルタ」


 シャルルの声が怒りでわずかに震えた。リベルタがびくっと肩を震わせる。


 俺に気を遣っているのは分かる。でも俺は、わざと負けてもらって喜ぶような、みっともない男じゃない。


「全力でかかってこい」


 リベルタに向かって剣を伸ばし、挑発するような笑みを浮かべる。リベルタが遠慮なんてしなくなるように。そして、自分を奮い立たせるために。


「はい!」


 元気よく頷くと、リベルタはシャルルに向かって走り出した。


 リベルタの剣術は、行儀がいいものじゃない。きちんと教わった剣術とは違う。

 しかし、力強くて、圧倒的だ。


 ビュンッ! と音を立ててリベルタの剣が空を切る。シャルルは後ろへ下がって逃げるだけで精一杯だった。


 こいつ、とにかく速い……!


 シャルルが一歩退けば、リベルタが三歩分距離を縮めてくる。

 攻撃に転ずる暇など、一瞬も与えてくれない。


 次々と襲いかかる斬撃を辛うじて受け止めながら、シャルルはじわじわと後退していった。


 唇を噛み、顔を上げる。リベルタの瞳は、きらきらと輝いていた。


 こんな顔で、こいつは剣を振るうのか。


 出会った夜は、真っ暗だから分からなかった。


 金属音が響いた瞬間、シャルルの剣が空高く舞った。しまった、と思った時にはもう遅い。


「そこまで!」


 叫んだのはマルセルだ。すると、リベルタは慌てて剣を地面に置く。


「シャルル様、大丈夫ですか!」


 心配した表情で顔を覗き込まれたら、頷くしかない。だがそれでも、リベルタは不安そうな顔をしていた。


「リベルタの勝ちだな」


 マルセルはそう言うと、リベルタの右腕を掴んで高く掲げさせた。すると、隊員たちが拍手を始める。

 リベルタ! という歓声まで聞こえ始めて、シャルルははっとした。


 そうか。

 このために、マルセルは俺とリベルタに戦わせたのか。


 シャルルに勝ったリベルタのことを、相変わらず恐れ、忌み嫌う者もいるだろう。けれどここでは、強さは憧れの対象にもなる。

 マルセルは、それを分かっていたのだ。


 叔父上が相手をすればいいのに……とは言えないな。

 叔父上が部下に負けてしまったら、威厳がなくなってしまう。


 シャルルが負けるのが一番よかったに違いない。


「リベルタ」

「はい!」


 名前を呼ぶと、すぐにリベルタは返事をする。本当に犬のようだ。


「訓練は楽しいか?」

「はい、すごく!」


 リベルタの目は先程と同じく、きらきらと輝いている。戦うことが、楽しくて仕方ないのだろう。


 なんにせよ、楽しみがあるというのはいいことだ。


「リベルタに褒美をやろう。それから……」


 すう、と大きく息を吸い込んで、シャルルはできる限りの大声を出した。


「もしリベルタに一度でも勝てた奴には、俺が褒美をやる!」


 シャルルの発言に、隊員たちがわあっと盛り上がる。これで、リベルタに勝負を挑む者が増えるだろう。

 少しは、リベルタも皆に馴染めるかもしれない。


「俺は部屋に戻る。リベルタ、訓練が終わったら、部屋へくるように」

「はい!」


 くるりと背を向けて、シャルルは部屋へ向けて歩き出した。

 きたばかりだが、かなり疲れてしまったのだ。


 訓練場を出て、空を見上げる。雲一つない青空だ。


「……大丈夫だ。あいつはちゃんと、上手くやれる」


 リベルタは話が通じる相手だ。訓練だって、マルセルの言うことを聞いてちゃんとやっていた。


 何の問題もない、とシャルルは自分に言い聞かせるように呟いた。

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