第16話 共通点
「隊長に言われた通り、最近妓楼で働き始めた娘たちを探ったよ」
部屋にやってきたヘリオスが、いつものように報告書を広げて説明を始めた。
「それで、なにか分かったか?」
「うん。ちょっとした共通点があったんだ」
言いながら、ヘリオスは部屋を見回した。おそらく、リベルタがいるかどうかを確かめたのだろう。
「リベルタならいないぞ」
リベルタは今日も、戦闘班の訓練に参加している。訓練態度は非常によく、戦闘技術も極めて高いとマルセルが言っていた。
「それで、娘たちの共通点はなんだったんだ?」
話を本題に戻す。そうだったね、とヘリオスはすぐに先程の話に戻ってくれた。
「彼女たちは最近、貧民街にある同じレストランに通ってるみたいなんだ」
「レストラン? しかも、貧民街の? 高級妓楼で働いていた彼女もか?」
「うん。驚くべきことにね」
貧民街で暮らす人間が貧民街を出るのは困難だ。しかし、王都で暮らす者が貧民街に出入りするのは比較的容易である。
だが、そんな物好きは滅多に存在しない。
「どんなレストランなんだ? 当然、そこの捜査も済ませたんだろう?」
ヘリオスはいちいち細かく命令しなくても、きちんと自分の判断で動いてくれる男だ。
そのため頷いてくれることを期待したのだが、ヘリオスは残念そうに首を横に振った。
「いや、そうしようと思ったんだけど、入れなかったんだ」
「入れなかった?」
「うん。そのレストランは会員制でね」
「貧民街のレストランなのに?」
「そう」
高級店が立ち並ぶ王都の中央ならまだしも、貧民街に会員制レストランが存在するなど、聞いたことがない。
しかもその制度がきちんと守られているということは、杜撰な運営ではないということだ。
「会員の条件は? 金か? 紹介か?」
「両方。それに加えて面接審査もある」
「面接審査?」
「うん。なんでも店主と面接して、気に入られた人だけが会員になれるらしい」
「ほう」
特務警察部隊という身分を隠した上での侵入を考えると、なかなかに厄介な条件である。
そして、かなり怪しい。
「その店、確実になにかあるな」
「うん。行方不明事件とは別件かもしれないけど、僕たちが捜査する価値はある」
身分を偽装し、会員制のレストランに侵入する。
中の様子が分からないため、自分の判断で動くことが必要な仕事だ。
「とりあえず、紹介してくれそうな奴と、面接審査の詳細について調べてくれ。その後、適正な人員を選ぼう」
「了解。そう言われると思って、探りは入れ始めてる。また分かったら報告するよ」
そう言うと、ヘリオスは部屋を出ていった。
「……場合によっては、俺が直接行ってもいいか?」
ヒューあたりに言えば、血相を変えてやめてくださいと叫ぶだろう。元々、彼は隊長であるシャルルが現場に行くことをあまり好まない。
しかし、隊長である彼が現場に行くことで、隊員たちからの支持が強くなっているのも事実だ。
「さしあたっては、特にやれることはないな」
足を組み、窓の外を眺める。今日はいい天気だが、外出の予定はない。
「……暇だな」
暇なら事務作業でもしろ、とヒューに怒られてしまいそうだが、それはそれだ。
「よし。訓練の様子でも見にいってみるか」
リベルタの様子も気になるし、それ以外の隊員の様子を視察するのもいいだろう。隊長であるシャルルが訓練を見学しにくれば、士気が上がる者も多いはずだ。
◆
訓練場は、屋敷の裏に設置されている。シャルルが中へ入ると、訓練中の隊員たちが一斉に色めきたった。
「静かに。騒ぐな。訓練を続けろ!」
マルセルに注意されると、慌てて隊員たちは訓練に戻る。現在は剣を使った試合形式の訓練をしているようだ。
マルセルのところへ歩きながら、リベルタを探す。白髪の頭は、遠くからでもすぐに分かった。
リベルタはいつもの大剣ではなく、支給された小ぶりな剣を使っている。慣れない武器だろうが、それでも彼の剣技は圧倒的だ。
斬撃をさらりとかわし、正確に相手の剣を突く。相手はバランスを崩して剣を落とし、それで試合はおしまいである。
リベルタの前には、次々に新しい相手が並んでいる。
「圧巻だろう、シャルル」
「叔父上。リベルタは、いつもああなのですか」
「ああ。正直、あいつに敵う奴はいないだろうな」
「叔父上でも?」
シャルルの問いかけに、マルセルは溜息で応じた。
「あいつは戦いの天才だ。紛れもなく。時代が時代なら、英雄と呼ばれていたかもしれないな」
「……今の時代で、あいつはちゃんと生きられると思いますか」
「お前次第だろう」
あっさりとマルセルは笑い、予備の剣をシャルルに差し出した。
「せっかくだ。お前も、あいつと手合わせしていくか?」
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