第15話 忠犬
「お前は、また人を殺したいと思うか?」
「……シャルル様が殺すなとおっしゃるのなら、殺しません」
それはシャルルが望んだ返事ではなかった。けれど、真摯な眼差しから目を逸らすことはできない。
それに、この先、リベルタに人殺しを頼まないとは断言できないのだ。
特務警察部隊の仕事は人を殺すことではない。しかし、必要があれば犯人を殺すこともある。
なにより、俺はいずれ、第一王子と戦うことになるかもしれないからな。
世間では、特務警察部隊は第二王子の私兵、と評されている。正直、その通りだ。平民はともなく、特務警察部隊に加わっている貴族たちは皆、第二王子派である。
シャルルの叔父であるマルセルはその筆頭だ。
そもそも俺がこの特務警察部隊を設立したのも、あいつに負けない名声を手に入れ、自由に動かせる力を確保するためだ。
もし将来、あいつと本格的に争うことになれば、間違いなくリベルタは役に立つ。
「リベルタ」
「……はい」
「お前は今回、やりすぎた。だが、俺を守ろうとしてくれたことには感謝する」
シャルルの言葉に、リベルタは安心したように頷いた。
やはりこうしていると、彼は幼い子供のようだ。
ヒューには反対されるだろう。彼はリベルタを殺すことを主張し、厄介な存在を部隊から排除したいと考えているのだから。
だが、どうしてもシャルルは、リベルタを手放す気にはなれない。
「これからは、俺がお前に教えよう。ここでのルールも、ここでの生き方も」
「シャルル様……」
「俺の言うことを聞けるな?」
きっとリベルタを上手く躾けるのは、猟犬を躾けるのとは比べ物にならないほど難しい。
やってみせよう。俺は王子だ。こいつ一人を躾けられなくてどうする。
「はい。そうすれば、これからも傍にいてもいいですか」
リベルタの声はわずかに震えていた。捨てられた子猫のような……いや、救いを求めて教会にやってくる浮浪者のような瞳だ。
正直俺は、軽い気持ちでこいつに手を差し伸べた。
それが、リベルタにとっては、俺が思っている以上に大きなできごとだったのかもしれない。
「ああ」
俺が責任を持って、こいつの面倒を見てやらないと。
「これからは、無暗に人を傷つけるな。なるべく傷つけずに、相手を捕まえろ」
「はい」
「だが、もしお前に危険が及ぶようなら、相手に容赦する必要はない。それは正当防衛だからな」
「はい」
理解しているのかどうかは分からないが、リベルタは必死に何度も頷いてくれた。
「それから、お前は物を知らなすぎる。これからは、仕事の合間に勉強しろ。俺が教えてやるから」
「シャルル様が?」
「ああ。お前を任せられる相手が思いつかない」
家庭教師を雇ってやろうかとも考えたが、普通の家庭教師では無理だろう。それに、なにかトラブルがあったらと想像すると恐ろしい。
「よろしくお願いします! 俺、シャルル様の役に立てるよう、頑張りますから」
必死な顔でリベルタはシャルルの肩を掴んだ。力加減を間違えているのか、かなり痛い。
「……ああ、期待している」
シャルルが頷くと、リベルタは満面の笑みを浮かべた。
◆
「隊員からの報告によると、どこの妓楼でも同じことが起きているみたいだ。客の増加と、妓女の増加。しかも妓女は、それなりに裕福な家庭の出身が多いらしい」
部屋に入ってきたヘリオスが、報告書を渡しながらそう語った。
「行方不明者が妓楼で働いている……というのは?」
「それもあるかもしれない。妓楼で働くことを親に隠している場合は、だけど」
「その場合は、本人が金銭トラブルに巻き込まれている可能性があるな」
家業が失敗して金が必要になり……というのなら、黙って家を出たとは考えにくい。
仮に妓楼で働くことを隠しているとしても、行方不明になることはないだろう。
「それに、行方不明者は女だけじゃない。そうだろう?」
「そうだよ。男女の数はほとんど変わらない」
「とりあえず、最近妓楼で働き出した娘たちの身辺を調べてみてくれ。なにか共通点があるかもしれない」
「了解」
じゃあまた、と部屋を出て行こうとした直前に、ヘリオスが振り向いた。
「そういえば、マルセルから聞いたんだけど」
「なんだ?」
「リベルタ、かなり真面目に訓練に参加しているらしい。隊員に酷い悪口を言われても、言い返さず、暴れずに耐えているとも聞いた」
ヘリオスはシャルルを見つめ、にっこりと笑った。なかなかにうさんくさい笑顔である。
「君に嫌われたくなくて必死なのかもね」
「……ヘリオス」
「怖い顔しないでよ。せっかく教えてあげたのに」
軽やかに笑うと、ヘリオスはわざわざシャルルが座っているところまで戻ってきた。
「彼は狂犬かもしれないけど、今のところ、君にとっては忠犬だ。ヒューはすぐに処分しろとうるさいけど、僕としては、使えるだけ使ってから処分すればいいと思うよ」
それだけ言うと、ヘリオスは今度こそ部屋から出ていった。
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