第12話 妓楼にて

 豪勢な料理に、種類の豊富な酒。

 そしてなにより、華麗に着飾った美女たち。

 高級妓楼の広間は、宮殿を想起させるほど壮麗だ。


「気に入った娘がおりましたら、すぐに部屋を用意しておりますから」


 シャルルの前で、四十過ぎの男がそう言って笑った。この妓楼の主人である。


「ありがとう。だが今日は、楽しく食事を楽しみたい気分なんだ」

「かしこまりました。ですが気が変わりましたら、気軽にお申しつけくださいませ」


 主人はにっこりと笑う。押しつけがましいところもない。


 妓楼では指名した妓女と閨を共にすることができる。だがそれ以外にも、妓女と話しながら酒と食事を楽しむこともできるのだ。

 広間の中央では、芸事に自信のある妓女たちが琴を奏でている。


 ちら、と横目でリベルタを確認すると、居心地悪そうに俯いていた。美女に話しかけられても、首を振って応じるのみである。


 ヘリオスは楽しそうに酒を飲んでいるし、マルセルも文句を言っていたわりには楽しそうだ。

 まあ、彼らはシャルルより約10年も長く生きているのだから、こうした場に慣れているのも当然だろう。


「ところで、少し聞きたいことがあるんだが」


 シャルルが口を開くと、店主はなんでしょう? と言いながら少し警戒したようだった。


「たいしたことじゃない。最近、ここも客が増えたと聞いて。……実は賑わっているという評判を友人から聞いてやってきたんだ」


 店主の目を見つめ、控えめに微笑んで一瞬だけ目を逸らす。

 生まれてからずっと人に見られる生活をしてきた。ちょっとした演技などお手の物だ。


「ええ。ありがたいことに、お客様が増えているんですよ」

「なにかあったのか? 今後も混雑するようなら、早めに予約をしなくては、と思ってな」


 次の来店を匂わせる台詞を口にすると、店主はとたんに瞳を輝かせた。

 身分は明かしていないが、振る舞いや服装からかなりの金持ちだと思われているのだろう。


「実は、新しく働き始めた娘が多いのです。しかも、上玉ばかりでして。ほら、あの娘も、一週間ほど前に入ってきたばかりなのですよ」


 店主が指差した娘は、部屋の中央で琴を奏でているうちの一人だった。

 振る舞いは優雅で、落ち着いて演奏している。とても、入ったばかりの新人には見えない。


「あの娘が?」

「はい。詳しくは言えませんが、実は良家の娘でして」


 にや、と店主が口元を緩める。どうですか、と彼女を勧めるような眼差しには気づかないふりをした。


「なるほど。新人目当てで、客が増えたというわけか?」

「はい。新人を好むお客様は一定数おられますから」

「だが、これほど立派な店にくることができる客は少ないだろう」


 そんな、と謙遜しつつ、店主は誇らしげに頷いた。


「それに、新規のお客様も増えているんですよ。近頃、儲かり始めたとかで。中には、すぐにこなくなってしまうお客様もいらっしゃいますが」


 シャルルが頷くと、では、と店主は去っていった。入れ替わりに、琴を奏でていた娘がやってくる。

 この娘を気に入ったのかと勘違いされたのだろうか。


「お酒はいかがでしょう、旦那様」


 娘の言葉に従い、空になっていたグラスを前に差し出す。娘が近寄ってきた瞬間、ふわり、とわずかに花の匂いがした。


 この香水、少し前に流行った物じゃないか?


 南方の貴重な花を原材料にした香水らしく、手に入れるのが困難だと聞いたことがある。

 庶民では手が出せない価格で、貴族の令嬢や豪商の娘たちが好んで使っていた。


 舞踏会で嗅いだ匂いだ。間違いない。


「旦那様?」


 グラスに口をつけないシャルルを不審に思ったのか、娘が顔を覗き込んでくる。

 少し慌てたような表情には初々しさがあった。


「なんでもない。君から、いい匂いがしたから。君にこんな香りをあげた客がいるなんて、少し妬いてしまうな」


 娘を見つめ、甘い笑顔を浮かべる。

 すぐに、女は瞳を輝かせた。


「まあ。旦那様、これは私が自分で買った物ですわ。殿方からの贈り物をつけてくるなんて野暮なこと、しませんもの」


 この言葉が本当かどうかを確かめる術はない。

 だが本当なら、店主が言っていたように、この娘はかなりいい家の出身のはずだ。


「でも、もし旦那様が香水をくださったら、いつでもつけてしまいそうですわ」


 ねだるように言った娘に、曖昧な微笑みを返しておく。あくまでも調査のためで、馴染みの妓女を作りにきたわけではない。


 それに。


 美しい娘だが、俺の方が数億倍も美しいからな。


 美人など鏡で飽きるほど見ている。そのためシャルルは、美しいだけの者には惹かれないのだ。

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