第11話 王子、捜査を始める

 聞き込み調査で分かったことを記した報告書を見ながら、紅茶を飲む。こうしているうちにいい考えが思い浮かべばいいのだが、そう上手くはいかない。


 リベルタとアレク以外の隊員にも命令し、貧民街だけでなく王都での聞き込み調査を行った。

 その結果、判明した事実がいくつかある。


・最近、貧民街も王都も妓楼が賑わっている

・貧民街で新しくできた飲食店が人気になっている

・行方不明者同士は無関係の者もいるが、親しい友人と共に行方不明になった者もいる

・高価な衣服や装飾品の売上が増えている


 などだ。


「景気がよくなっていることと、行方不明事件は関係があるのか?」


 溜息を吐き、紅茶の入ったカップに手を伸ばす。既に冷めていた残りの紅茶を一気に喉へ流し込んだ。


「リベルタ、おかわりを……」


 言いかけて、リベルタが部屋にいないことを思い出す。

 現在彼は、戦闘班員として訓練に参加中なのだ。


 聞き込み調査をきっかけに、リベルタはシャルルの付き人以外の仕事もこなすようになった。

 相変わらず周りには馴染めていないようだが、困らない程度にはアレクが面倒を見てやっているらしい。


 指導料をたっぷり渡してやったからだろうが、アレク自身の生い立ちも影響しているのだろう。

 リベルタと同様、彼も貧民街で育った男だ。


 今すぐ、リベルタがアレクと友情を築けるとは思っていない。けれど、いずれはそうなってほしいと思う。


「とりあえず、今は捜査だな」


 ソレイオにばかり任せているわけにはいかない。隊長として、シャルルもできる限りのことをしなくては。


「まずは、景気がよくなっている理由を調べてみるか」


 国全体の景気がよくなった、なんて報告は聞いていない。王都で暮らす住民全員の所得が増えたわけでもないだろう。

 ただ、一部の人間が自由に使う金が増えているのだ。


 ちら、と窓の外を眺める。既に日は暮れかけていた。





「俺はあまり、こういうところは好きじゃないんだが」

「せっかく経費で遊べるんだから、楽しめばいいのに」


 不満げな顔をしたマルセルに対し、ヘリオスが貧乏くさいことを言って笑う。ヘリオスは大金持ちなくせに、金には意地汚いところがあるのだ。


 シャルルたちは今、王都の繁華街……中でも、妓楼が立ち並ぶ通りにきていた。

 目的は楽しむためではなく、あくまでも調査のためである。


「マルセルの代わりにここへきたがっていた子なんて、いくらでもいたんだから」

「俺は何度も遠慮しただろう。そもそも、捜査は俺の仕事じゃない」

「僕が強く推薦したんだよ。せっかくだからね」


 ふふ、と楽しそうにヘリオスが笑う。真面目とは程遠い態度だが、いつものことだ。

 相変わらずな二人を横目で見つつ、シャルルは振り返ってリベルタの顔を見た。


「お前、こういうところは初めてか?」

「はい。貧民街から出たことはありませんでしたし」

「貧民街にも妓楼はあるだろう?」

「それはそうですが。お金もなかったですし、どうせ行っても、不気味がられるだけでしょうから」


 そう言って、リベルタは頭からかぶったマントの裾をぎゅっと握った。


 今から四人が向かうのは、高級妓楼である。貴族ですらなかなか手が届かないような店だ。


「シャルル様は、よくこられるのですか」

「……いや。立場が立場だ。気軽にはいけないな」


 特務警察部隊を設立したことをきっかけに、シャルルは宮殿を出て暮らしている。そのため比較的自由に身動きはとれるが、それでも第二王子という立場は重い。


 そのため今日も、ウィッグで変装済みだ。ヘリオスとマルセルが同様の変装をしているのは、特務警察部隊だとバレないようにするためである。


 こちらの立場を明かさずにいた方が、ありのままの事実を喋ってくれるだろうから。


「ここでは、俺の名前を呼ばないように」


 気をつけます、とリベルタは真剣な顔で頷いた。

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