第8話 忠告

 会議室に全員がそろうと、ヒューが今回の事件の概要を説明してくれた。


 近頃、王都で行方不明者が増加している。年齢は十代後半から二十代前半の若者が中心で、やや男性が多め。

 行方不明者は皆平民で、中流家庭の者が多いとのことだ。


「分からないことが多いね」


 話を聞き終わると、ヘリオスがそう呟いた。


「そうなんです。なので、今回はまず捜査班に依頼することになると思います」

「だってさ、マルセル。君の出番はないかもしれないね」


 ヘリオスに微笑みかけられると、マルセルはああ、と頷いた。自分の出番がなさそうだと思っているからか、退屈そうである。


「とりあえず、最近変わったことがないかの聞き込み調査からかな。ヒントがどこにあるか分からないから」


 頷くと、ヘリオスは立ち上がった。

 部屋を出て行こうとし、扉の前で振り返る。


「ねえ」


 ヘリオスはシャルルの目を見て、にっこりと笑った。面白がっているような、からかっているような、たちの悪い笑顔である。


「今回の事件、彼にも手伝ってもらうんでしょ」


 ヘリオスの視線は真っ直ぐリベルタへ向けられていた。彼を恐れる大半の隊員と異なり、ヘリオスは彼に対しても自然に接している。


「ああ、そのつもりだが」

「だったら、聞き込み調査も任せてみる?」


 シャルルがリベルタに目線を向けると、すぐに目が合った。すると、リベルタはにっこりと笑う。シャルルと目が合うと、彼はいつも笑うのだ。


 リベルタは、相変わらずなにも考えていなさそうだな。


「聞き込み調査は捜査班の仕事だけど、隊員にとっては基本的な仕事でもある。一度、やらせてみてもいいんじゃない?」

「でも、誰と組ませるんだ?」


 聞き込み調査は、基本的に二人一組で行う決まりだ。


「アレクがいいんじゃない?」


 既に答えを考えていたのか、ヘリオスはそう言った。


 アレクは捜査班の隊員だが、場合によっては戦闘班として作戦に参加することもある。

 貴族の多い特務警察部隊においては少数派の平民だ。


「ちょっとでも給料を増やしてやれば、喜んで彼とペアを組むと思うよ」

「その辺はお前に任せる。リベルタ、それでいいか?」


 はい、とすぐに頷いたものの、リベルタはわずかに不安そうな表情を浮かべた。


「あの、その間、シャルル様の身の回りのお世話は?」

「気にしなくていい。他に頼める奴はいる」


 リベルタはあからさまに落ち込んだ顔で、そうですか、と小さく呟いた。

 なんだか、幼い子供をいじめているような気分になる。


「……屋敷を出る前と帰ってきた後、すぐに俺の部屋にこい。仕事があれば言うから」


 ぱあっ、とリベルタは瞳を輝かせた。


「分かりました! 俺、頑張ります」

「ああ。期待している」


 リベルタが頷くと、ヘリオスが彼の前に立った。


「すぐにアレクを迎えに行かせるから、自分の部屋で待機しておいてくれない?」

「分かりました」


 リベルタはシャルルを見て頭を下げると、部屋を出ていった。彼がいなくなった途端に、ヒューがゆっくりと息を吐く。


「緊張しすぎだよ、ヒュー」


 くすくすと笑いながらヘリオスが言うと、ヒューは気まずそうに下を向いた。


「それにしても、隊長はやたらと彼を可愛がっているみたいだけど」


 ヘリオスに真っ直ぐ見つめられ、シャルルはとっさに目を逸らしてしまった。

 ヘリオスの黒い瞳には全てを見透かされてしまいそうで、長時間見つめられるのは心臓に悪いのだ。


「肩入れしすぎない方がいい」

「ヘリオス……」

「彼はエクシティウムの生き残りで、珍しくて価値がある。だからここで保護することにした。それだけでしょ」


 ねえ、とヘリオスがマルセルの肩に手をおく。


「彼は殺人を犯した要注意人物だ。それを忘れないようにね」


 くすっと笑って、ヘリオスは会議室を出ていく。


 分かっている、と言えなかったのは、急な忠告に驚いたからだろうか。

 それとも……。


 リベルタの純粋な笑顔が頭に浮かんで、シャルルは深い溜息を吐いた。

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