第6話 初めての人
「……家?」
「ああ。お前は今日からここに住んで、ここで暮らす。そして、俺の部下として働くんだ」
「働くって、なにをすればいいの?」
「そうだな……俺の命令を聞いて動いてくれればいい」
話しながら、頭の中でリベルタの扱いを考える。
当然ながら戦闘班へ配属するが、いきなり部隊に馴染めるとは思っていない。周りからすれば、彼は恐ろしい殺人鬼なのだ。
「……ご飯は?」
「食堂で好きなだけ食べるといい。それに、食べ物に困らないくらいの給料は出るぞ」
シャルルがそう言ったタイミングで、リベルタの腹が鳴った。恥ずかしそうに視線を逸らす姿は、ずいぶんと幼い。
こいつが本当に、人殺しなのか?
シャルルの中にあった恐怖心がゆっくりと薄らいでいく。
「なあ、リベルタ。手足を解放してほしいか?」
「いいの?」
「なにもしないと約束するのなら」
どうせ、手足をずっと縛っておくわけにはいかない。
それに、根拠もないが大丈夫だと感じたのだ。
「うん、約束する」
へらっと笑って、リベルタは頷いた。彼と話していると気が抜ける。
「待っていろ」
シャルルは一度外へ出ると、見張り役の隊員から手枷と足枷の鍵を受け取った。大丈夫ですか、と心配そうにする部下に笑いかけ、部屋に戻る。
そして、リベルタの拘束を解いた。
リベルタはなにもしない。自由になった手足を動かし、安心したように息を吐いただけだ。
「リベルタ。お前は今まで、どうやって、どこで暮らしてきたんだ?」
「ずっと貧民街で育ったんだ。……小さい時に両親が死んでから、俺はずっと一人だったから。こんな見た目のせいで、避けられてばっかりだったし」
白髪も鳶色の瞳も、どちらもエクシティウムにしか見られない特徴だ。知識を持った人間であれば彼の希少性に気づいただろうが、貧民街にそんな者はなかなかいないだろう。
「……人を殺していたのは、どうしてだ?」
緊張しながら質問したが、リベルタは相変わらずのほほんとした笑みを浮かべたままだった。
「頼まれたから」
あっさりとリベルタは答えた。
「頼まれた?」
「うん。家族や恋人を殺された人が、俺に頼むんだ。犯人を殺してって」
「それで、お前は人を殺したのか?」
「うん。報酬もくれるって言うし」
「金か?」
「お金の時もあったし、ご飯の時もあったな」
改めてリベルタの身なりを観察する。痩せ細った身体に、ぼろぼろの衣服。とても金があるようには見えない。
報酬といっても、わずかな金なのだろう。
つまりリベルタは、端金で人殺しをしていたのだ。
誰かに頼まれたから、という、それだけの理由で。
「でも、君が初めてだよ」
「初めて? なにがだ?」
「俺に、傍にいてもいいって言ってくれたのは」
じっと見つめられる。その眼差しがあまりにも真っ直ぐで、まずい、とシャルルは本能的に感じた。
今まで、いろんな人間と関わってきた。
しかし、これほど真っ直ぐに見つめられたことはない。
第二王子であるシャルルを見つめる目には、嫉妬や羨望、そして媚び……いろんな感情がこもっていて、幼い頃は人前に立つだけで疲れたものだ。
「他の人は、俺に頼み事をするだけで、俺と関わろうとはしてくれなかったから」
悲しいことを、リベルタはさらっと口にした。
彼は今まで、利用されてきたのだろうか。
どんな理由があっても、どんな過去があっても、人を殺したことは許されない。でも、いろんなことを想像してしまう。
彼は誰かから感謝されることを、そして居場所を与えられることを期待して、人の頼みに応じていたのではないか。
「……ここにいても、いいんだよね」
確認するようにリベルタが呟く。反射的に、シャルルはその手を握っていた。
「もちろんだ。リベルタ、これからよろしくな」
ぎゅ、とリベルタに手を握り返される。少しだけ痛いが、たいした問題じゃない。
きっとこいつは、今までいた場所が悪かっただけだ。
根っからの悪人が、こんな風に笑うはずがないんだから。
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