第4話 不気味な男

「耳切ったくらいで、あんまり騒がないでよ」


 呆れたような声と共に、暗闇から一人の少年が現れた。

 年齢は、17歳前後だろうか。18歳のシャルルよりは、おそらく少し下のはずだ。背は高いが、やせ細った身体は貧相だ。


 雲がずれて、月の光が強くなる。


「……白い、髪?」


 ふぁさ、と揺れた彼の髪は、今まで見てきたどんな物よりも真っ白だった。そして、シャルルを見つめる瞳は鳶色だ。


 白髪に、鳶色の瞳。


 書物でしか見たことがない。まさか、まだ生き残りがいたなんて。


「大丈夫だよ。安心して」


 少年は微笑むと、手に持っていた大剣を思いきりうずくまっていた男の背中に突き刺した。ぐりぐりと剣を動かすと、男が呻き声を上げて倒れる。

 少しすると、男は全く動かなくなった。


「あーあ、もう終わっちゃった」


 残念そうに呟くと、少年はシャルルを見つめた。


 びくっ、と身体が震える。少年が一歩近づいてきて、慌ててシャルルは後ろへ下がった。


 まずい。俺は、こいつに勝てない。


 目を見ただけで、本能で分かった。こいつは強い。


「大丈夫? 怖かったよね」


 少年が伸ばした手のひらからは、血の匂いがした。昨日今日でついた匂いじゃない。きっと、もっと前から、少年の身体にしみついた匂いだ。


「……ろ」

「ろ?」

「こいつを、捕まえろ!」


 全力で叫ぶ。それと同時に、潜んでいた隊員たちが暗闇から現れた。

 少年は抵抗せず、あっという間に手足を縛られてしまう。


 なんだ? なんで、こいつは抵抗しなかったんだ?


「あーあ、俺、騙されちゃったのか。せっかく、助けようと思ったのに」


 少年は残念そうに呟いた。けれど、全く危機感はない。子供がお菓子をとられて不貞腐れたような、そんな声音だった。


「……お前に聞きたいことがある」


 震えを抑え、シャルルはウィッグを外した。少年の目が大きく見開かれる。


「男だったんだ」

「がっかりしたか?」

「別に。……それに、金髪よりずっと綺麗」


 縛られているというのに、少年は笑いながらそう言った。純粋な笑顔が不気味で仕方ない。


 だって、彼が純粋なはずはないのだ。

 シャルルを助けようとしたとはいえ、何の躊躇いもなく人を殺した彼が。


「お前、その髪は地毛か? 瞳の色は?」

「生まれつきだよ」


 近寄って、改めて少年の髪と瞳を観察する。彼の言う通り、作り物ではなさそうだ。


「お前、エクシティウムの生き残りだろう」


 伝説の戦闘民族、エクシティウム。

 建国時には、戦争で大活躍したという。しかし時代が流れ、混血も進み、その彼らが歴史から姿を消して久しい。


 けれどこの少年は、エクシティウムの特徴を完全に備えているのだ。


「そうだよ」


 少年はあっさりと答えた。


 大勢に囲まれ、手足を縛られているというのに、彼は驚くほど冷静だ。この状況も、彼にとっては危機ですらないのだろうか。


「なあ、お前」


 夜の空気を軽く吸い込む。身体は冷えたが、頭は火照ったままだ。

 興奮しているのは、エクシティウムに出会ったからだろうか。それとも、先程の衝撃を忘れられないからだろうか。


「俺の部下にならないか」

「……君の、部下に? 断ったらどうするの?」

「断らせるつもりはない」


 シャルルの返事を聞いて、少年はくすっと笑った。


「じゃあ、最初から俺の選択肢は一つだ」


 よろしく、と彼が軽く頭を下げる。ざわつき始めた隊員たちに、シャルルは素早く指示を出した。


「お前ら、倒れている男を役所へ運べ! 連続殺人鬼殺人事件の犯人だぞ」


 既に遺体になった男を指差す。

 この場にいた誰もが、彼が連続殺人鬼殺人事件の犯人ではないことを知っている。けれど、それを口にする者は一人もいなかった。

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