第2話 特務警察部隊

 シャルルが会議室へ向かうと、既にマルセルとヘリオスが到着していた。二人はこの特務警察部隊の中で、シャルルですら頭の上がらない存在である。


「それで、今日はどんな事件なの? つまらない事件だったら、僕としてはあんまり関わりたくないんだけど」


 そう言って、ヘリオスはにっこりと笑った。相変わらず、どこか胡散臭い笑顔である。


 灰色の髪に、漆黒の瞳。常に気怠そうな雰囲気を纏った彼は、シャムス公爵家次男にして、国内でも五本の指に入る大商人だ。


 特務警察部隊の構成員は、ほとんどが貴族の次男以下だ。跡取りになれない貴族たちの就職先になっているわけである。


「いい加減にしろ、ヘリオス。被害者がいるんだぞ」


 ヘリオスの隣に座っているマルセルが厳しい口調でヘリオスを窘める。しかし、ヘリオスはいつも通りの薄い笑みを浮かべているだけだ。


「俺はいつでも出勤できる」


 そう言って、マルセルは立ち上がった。見上げなければ目も合わないほどの長身に、たくましい身体つき。

 特務警察部隊一の武闘派にして、シャルルの叔父である。


「ヒュー、二人に詳細を説明してやってくれ」

「はい」





 説明を聞き終わると、面白そうだね、とヘリオスが呟いた。呆れたような眼差しをマルセルに向けられても、彼は平然としている。


「ヘリオスに頼みたいことがあるんだが」


 シャルルがそう言うと、分かってるよ、とヘリオスは笑った。


「次に犯人が狙うのが誰かを予想してほしいんでしょ?」

「ああ、その通りだ」

「いいよ。少しあれば、候補は絞れると思う。狙われているのが殺人鬼ばかりなら、次の被害者を予想するのは難しくない」


 ヘリオスが得意げな笑みを浮かべる。


 特務警察部隊は、戦闘班・捜査班の二つから成り立っている。そのうち戦闘班のリーダーを務めるのがマルセルで、捜査班のリーダーを務めるのがヘリオスなのだ。


「なるべく急いでくれないか?」

「いいよ。面白そうだから。殺人鬼ばかりを狙って殺すような犯人がどんな奴なのか、単純に興味があるんだ」


 にやり、と楽しそうに笑うと、ヘリオスはそのまま部屋を出て行った。





 椅子に座って、ぼんやりと窓の外を眺める。外は真っ暗でなにも見えない。

 けれど、なぜかベッドへ行く気にはなれなかった。


「……早く眠った方がいいことは分かっているんだが」


 無性に胸騒ぎがして、心が落ち着かない。ヘリオスの報告を待つしかない今、シャルルにできることは何もないというのに。


「それにしても、犯人はどんな奴なんだろうな」


 殺人鬼ばかりを狙った殺人事件なんて、聞いたことがない。

 自分の手で悪人を裁いてやるという、正義感に狂った奴なのだろうか。


「どうでもいいことだ。どんな奴だとしても、俺たちが捕まえる」


 少しでも多くの事件を解決し、民衆からの支持を得なければならない。第一王子ではないシャルルにとっては、民衆から信頼を得ることがなによりも大切なのだから。


 水を飲み、そっと目を閉じる。眠気はやってこない。


 どれくらい経っただろうか。控えめなノックの後に、ゆっくりと扉が開いた。


「おまたせ、隊長」


 そう言って、ヘリオスが部屋に入ってくる。シャルルの前までやってくると、懐から羊皮紙を取り出した。


「次に犯人が狙いそうな男で、なおかつ、目星をつけやすい男を見つけた」

「誰なんだ?」

「連続美少女殺害事件の犯人だよ。王都ではほとんど聞かないけど、貧民街では若い少女を狙った殺人事件が複数起こっているみたいでね」


 貧民街は、王都からそれほど離れた場所にあるわけではない。しかし、貧民街に暮らす者が王都に入ることは滅多に許されない。


 貧民街は無法地帯なのだ。そこで起こった事件のほとんどは、裁かれずに終わる。


「美少女を囮に殺人鬼をおびき寄せて、その殺人鬼を餌に本命を釣る……完璧じゃない?」


 ああ、と頷いて、シャルルはヘリオスから羊皮紙を受け取った。そこには、びっしりと捜査内容が記されている。


「じゃあ、僕はもう寝るから。おやすみ、隊長」


 ひらり、と手を振って、ヘリオスは部屋を出ていった。

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