第44話 真相究明

「……失礼いたしました。少々興奮して言葉が悪くなってしまいました」


 いつものように勝手に変換されると思っていたのに、何故か私の喋ったことがそのまま口から出てしまっていた。

 ダウントンは驚いたように目を見開い……ああ、これは普通か。

 口を開けてぽかんとしたまま私を見ており、ネルソンとセオドアは怯えたような表情をしている。

 そんな中、レオルドだけは何事も無かったかのような顔をして隣に立っていた。


「リサ嬢……今、「リサの身にもなれ」と……」

「言葉のでございますわ。閣下」

「そ、そうか……」


 戻った……。

 今のは何だったんだろう?

 いや、今はそれを考えている時じゃない。


「ネルソン子爵はレオルドが私の身内だから、その証言に価値は無いとおっしゃられましたね?」

「あ、ああ……」

「そしてそちらはダウントン家に仕えているセオドア男爵の証言があるから信用できるということですね?」

「……そうだ」


 いつまでびくびくしてんのよ?

 ちょっと怒鳴ったくらいでレディに対して失礼じゃない?


「セオドア男爵」

「……はい」

「貴方の生家であるエルダーストン伯爵家の当代当主は貴方のお兄さんですね?」

「そうですが……それが何か?」

「先代の散財が響いていて、現在でも厳しい経済状況だとお聞きしておりますが間違いないですか?」

「…………」

「無言は肯定の返事と受け取らせていただきます。

 しかしここ数年、貴方はエルダーストン家に多額の送金をしていますね?」

「――!?どうしてそれを!?い、いや――」

「貴方の実家にお金を貸していた商人から聞いたのです。ずっと滞っていた返済がある時期から突然解消されたとのこと。それをエルダーストン伯爵に訪ねたところ、貴方から送金があったと話していたそうですよ?」

「……実家が、兄が困っているのです。私が私財をその為に使う事に何か問題がありますか?」

「いえ、それは素晴らしい行為だと思いますわ。すでに家を出た身とはいえ、ご兄弟のことを心配されての献身的で尊い行いですもの。

 問題は――そのお金の出所です」


 私は鞄から数枚の書類を取り出す。


「こちらはエルダーストン伯爵家がこれまでに借り入れを行っていた商人と、その金額の一覧になります」


 そう言って書類をダウントンへと手渡す。


「……この額は」

「総額で約8000万クルゼ(約8億円)になります」


 この借金はアルカディアのような領としての借金ではなく、エルダーストン家が個人的に抱えている借金。

 これはグレイが取引先の商人から集めてきた情報だ。


「そしてこちらが――」


 別の用紙を取り出してダウントンに渡す。


「セオドア男爵が家に送っただろう金額です。

 7年間でおよそ3000万クルゼ(約3億円)。つまり現在は5000万クルゼ程に借金が減っている計算になります。閣下は男爵にそれ程の年金(給与)を与えておいでなのでしょうか?」

「い、いや、さすがにこれほどの年金を個人に与えるなど有り得ぬ」

「では男爵はこのお金をどこから調達してきたのでしょうね?」

「…………」


 セオドアは目を伏せ、身体は痙攣するように小刻みに震えている。

 すでに自分が送金していたことを認めてしまっている以上、今更やっていないとは言えないよねえ?


「アルカディア子爵!茶番はそこまでにしてもらおう!

 今は魔鉱山の所有権についての話をしているのだ!セオドアの実家の事など何の関係もないではないか!」


 ネルソンが助け舟を出さんと意気込んで叫ぶ。

 すでにこの話の先が自分に向かっている事に気付いてはいるようだ。

 まあ、ここで止めても結果は変わらないのだけれど。


「では一旦セオドア男爵の件は置いておきましょう」

「良いのか?」

「はい。次はこちらをご覧ください」


 私はさっきの倍ほどの量が束ねられた資料を二部ダウントンへ手渡す。


「閣下。お手数ですがお読みいただければと思います」


 ダウントンはその言葉に頷き、しばらくの間無言で資料を読み進めていった。

 セオドアはその間も顔を伏せたままで、ネルソンはどこか落ち着きなくキョロキョロと視線を泳がせていた。

 数分後――


「リサ嬢……これが意味するところは……まさか?」

「閣下のお考え通りかと存じます」

「……信じられん」

「少なくとも私はそれが真実であると考えております」

「そうか……君は最初からこうなることを想定していたのであるな?」

「はい。少々想定外の事も起こりましたが、概ね予定通りに運ぶことが出来ました。しかしこれは私にとって大きな賭けにございました」

「ならばその賭けに君は勝ったということか……」

「閣下の人徳のお陰でございます」

「なるほど、上手くいくかどうかは私次第、という事であったか。もし私が欲に目がくらむような男であったなら……」

「私の命運はこの場で尽きておりました」

「ふふ、ふはははははは!!これは公爵閣下が手放しで自慢するわけだ!!うちの馬鹿息子とは生まれもっての器が違い過ぎる!!」

「……閣下?」


 私たちの会話の意味が解らず狼狽えるネルソン。


「ああ、すまんな。主役のお前の事を忘れておったわ!」

「え?主役……私がですか?」

「それはそうであろう?お前が私に手紙を送ってきたからこそ、このような愉快な場を設けることが出来たのだ!本当に感謝するぞ!」

「あ、ありがたきお言葉に――」

「これはアルカディア領で税として納められた作物の売買に関する資料だ。一方は私が管理官であるシモーネより受け取ったもの。もう一方はの取引伝票の控えである。

 アルカディアから最初に売却された単価はどちらも同じであるが、それから数人の仲介商人を介して売られていき、最終的には元の倍ほどの価格になっている」


 仲介業者を通れば値段が上がっていくのは当然の事ではあるけど、この場合は少し違っている。


「問題はその仲介した商人だ。

 昨年でいえば4人もの商人を介して市場へと出されている。そしてその全員が店を構えていない行商人であるようだ。納められていた麦だけでも相当な量になるだろう。拠点を持たない行商人がそのような保管場所にも困る物に手を出すとは考えられぬ。ネルソン、お前もそうは思わないか?」

「そ、そう聞かれましても……私には何とも……」

「そして最終的に市場へと流したのは――ロジェストのスミス商会だ」


 その4人の仲介した商人も実際は実在しておらず、全てはスミス商会による自作自演の空取引だった。



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