第43話 レオルド

 部屋の隅で待機していた執事さんに促されるようにレオルドがすぐに室内へと入ってきた。

 まあ、レオルドとエマ、それとウィリアムは部屋の外で警備の人たちと一緒にいたんだけども。

 その手にはアルカディアから持って来ていた皮製の鞄を下げており、私の傍まで歩いてきた後、その鞄を私へと渡してくれた。


「リサ嬢よ、その者を呼んだのはその鞄が目的なのか?」

「それもございます」

「それも、か。他にも何か目的があるのだな」

「そうですね。まずはそちらの方から報告させていただきます。――レオルド」

「はい。ダウントン閣下、恐れながらこの場での発言の許可をいただきたく存じます」

「構わん。許可する」

「ありがとうございます」


 若干16歳のレオルドだったが、この場の雰囲気に飲まれる様子もなく、堂々とした態度で語り始めた。


「私はお嬢様の命を受け、アルカディアに来た頃よりある調査を行っておりました」

「この従者風情が!まさか魔鉱山を探していたなどのほざくのではあるまいな!!」

「ネルソン-子爵。レオルドは閣下の許可を得て私の代理として発言しております。その彼への暴言は私への――許可された閣下への侮辱となりますがよろしいでしょうか?」

「ぐっ……」

「……続けさせていただきます。その調査というのはヘワ村での聞き込みでございます。ヘワ村というのはホープス鉱山の南に位置する村で、住民は主に農業や林業、狩猟を中心とした生活を送っております。

 そしてホープス鉱山に向かうには、そのヘワ村の傍を抜ける道しかございません」

「成程な……話が見えてきた。そこでお前が行った聞き込みというのは、ロジェストによる調査が行われていたか否かという事か」

「ご慧眼恐れ入ります。まさにその通りです。

 昨年一年を通して、あの崖を調査していた者がいたかどうか、それを見た者がいないかどうかを、全てのヘワ村の住民に対して聞き込みを行いました。

 その結果、誰一人としてそのような者を見た者はおりませんでした」

「ふざけたことを申すな!!そのような話は後からいくらでも自分の都合の良いように捏造出来るではないか!!

 そもそも何故そのような事をする必要があったのだ!我々が調査していた事をアルカディア子爵が知ったのはつい先ほどの事だろう!そのようなするような真似が出来るはずが無いではないか!」


 ああ、自分からぼろぼろぼろぼろとまあ……。

 レオルドを最初から視察に同行させていたのは、彼にはこの領内の情報召集を任せるつもりでいたからだ。

 領民に紛れて諜報活動をするのに、彼の若さは相手の警戒心を解くのにちょうど良い。

 ビクトたち闇の一族の事を最初から知っていたらあっちに任せていただろうけど……。


「私も不勉強で知らなかったのですが、お嬢様が言うには鉱山の採掘権は最初に発見した土地の領主にある。ということでしたので、それまでの領主であられたルイス様がすでに調査していないかを確認する為だとおっしゃっておりました。

 ですので、まさか他領の方が調査しているとは想定しておらず、私が聞いていたのは特に誰というくくりを設けず、不特定の誰かがホープス鉱山で何かしているのを見なかったか?という事です」

「成程。それならば筋が通っておる。

 リサ嬢は独自の推論を元にあの場所に魔結晶があるのではないかと考えていた。しかしもし先にルイスが見つけていたのであれば所有権は我がダウントン家にあることになる。それを見越して先に聞き込みをしていたのであるな」

「閣下!このような者の言う事を信じてはなりません!

 この者はアルカディア子爵の従者です!子爵と口裏を合わせて自分たちの都合の良い嘘をついているのですよ!」


 この人はさっきから自分が何を言っているのか理解しているんだろうか?

 いや、してないからこんなんだろうけど……。


「ネルソン子爵。貴方は今、私が貴方たちが調査を行っている事を知ったのはつい先ほどだとおっしゃっておりましたね。

 ならばどうして私がこの場に居なかったレオルドに口裏を合わせるよう指示する事が出来るというのですか?それとも部屋の外にいたから聞こえたなんて言いませんよね?」

「この部屋は要人も訪れて使用するのだ。私が大声を出したとしても外に聞こえるような杜撰ずさんな造りにはなっておらん」


 ダウントンはそれが自慢とでも言いたげに胸を張った。


「当然そうでしょう。それに先回りして、ともおっしゃいましたが、私がレオルドに調査を頼んだのが六月。貴方たちが調査をしていたのは昨年。それのどこが先回りなのでしょう?

 それだとまるで後から作った報告書よりも前に私たちが聞き込みを行っていたと言っているように聞こえますが?」

「確かにな。どうなのだネルソン。今の話を聞いて何か言う事はあるか?」

「それは……言葉のあやとというものでございます!あまりに荒唐無稽な馬鹿馬鹿しい話を聞かされて気が動転してそのようなおかしなことを口走ったのです!

 どちらにせよその者がアルカディア子爵の身内であることに違いがありません!そのような証言に何の価値があるというのでしょう!」

「ご不満であるのでしたら、ご自身でヘワ村の者に聞いていただいても構いませんが?」

「ふん!どうせ金でも握らせて取り込んでいるのだろう!

 さすがは傾国の魔女と呼ばれているだけあって悪知恵が働くものだ!!

 閣下!この者は伝承にある黒髪の忌み子です!きっとアルカディアで何か良からぬことを企んでいるに違いありません!!

 これは存在するだけでわざわいを呼び込む悪魔なのですから!!」


 心の奥で何かざわりと動いた気がした。

 哀しみ?恨み?怒り?そんなドス黒い負の感情……。

 これはリサの感情?それともリサを侮辱された理沙の感情?

 ああ、どちらでも良いや。

 理沙はリサだ。

 こいつは敵だ。

 敵は潰す。

 国を守るには、この国を救うには、こんな奴はいない方が良い。


「黙れよクズが!!」

「――ひっ!?な、何を……」

「……リサ嬢?」

「人が大人しく聞いてりゃくだらねえ事をぴーちくぱーちく囀りやがってよお!

 はあ?傾国の魔女?黒髪の忌み子?上等じゃねーか!

 だったらその魔女の力でお前を呪い殺してやろうか?

 どいつもこいつもつまんねえ迷信に振り回されやがって、それを子供の頃から言われ続けてるにもなってみろってんだ!

 お前みたいなクズよりもその魔女の方がよっぽどこの国の事を想って生きてきてんだよ!!」


 ………


 …………


 あれ?何でリサの言葉に変換されなかったの?



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