第42話 セオドア=ウェストミン男爵

「ネルソンよ。お前が言えないというのであれば、リサ嬢が言っている事の方が真実味があると言わざるを得ないが、それでも良いのだな」

「い、いえ!アルカディア子爵の言っている事については検証の余地があるかとは存じますが、この場において真実であるということではございません。それに先ほどの仮説は検証に時間がかかります。この場を逃れる為のデタラメであるのではないでしょうか?」

「しかし、お前の方は検証自体が出来ぬではないか?報告書にしてもリサ嬢の言うように後から作った物である可能性は否定できぬ。もしお前が調査していたことをルイスに一言でも言っておいたのであれば、お前の言い分を信用することも出来たのだが……」


 やってないんだから言えるはずがないよね。

 でも、ネルソンがあんな穴だらけの報告書で押し切れると考えているのには理由がある。

 まずこれは貴族間でのやり取りだということ。

 ダウントンが魔石の利益という欲に目をくらませれば、あれでも十分に私は負けていた。ここは裁判所でも何でもない。裁く人間に有利な判断がされ、私たちの正義が闇に葬られた可能性はかなり高い。

 ドーヴィルの件でもあったように、理由など勝った側が後からいくらでも理由付け出来るんだから。

 そしてネルソンは自身のこれまでに魔石によって得た利益の大きさから、きっとダウントンもそう判断するだろうと考えていたんだろう。

 それでも私はダウントンが手紙を寄こしてきた時点で中立を保ってくれるんじゃないかと予想していた。だからここは五分。

 その上で魔石を見つける方法に関しては未検証ながらも開示したんだから私の方に分がある。

 この状況で私の方が嘘をついているという判断をダウントンがするとは思えないが――


「閣下!ウェストミン男爵をお呼びいただけませんでしょうか!

 魔鉱山の調査につきましてはあの者には伝えておりました!彼の話を聞けば私の言っていることが真実であると証明出来るはずでございます!」


 やっぱりその名前が出てくるよねえ。


 セオドア=ウェストミン男爵。

 領地を持たない一代男爵位をダウントンから叙爵した、元々は伯爵家の三男。

 ルイスがアルカディアを治めるにあたって、ダウントンがその相談役として任命した男だ。


「セオドアか……。分かった。おい!誰かセオドアをここに呼べ!」



 セオドアは普段はこの屋敷で働いているようで、10分もしないうちに応接室へと入ってきた。

 ゲームキャラらしい緑色の髪をオールバックにした中年の男。

 身長はリサと同じくらいで、この世界の男性にしては少し小柄な感じ。歳は四十を越えているはずだけど、生まれつきの童顔なのか、まだ二十代後半くらいに見えた。


「閣下、お呼びでございますか」

「忙しいところ呼び出してすまない。少しお前に聞きたいことがあるのだ」


 そう言われたセオドアは、ネルソンと私の顔を軽く流す様に見て――


「何なりと」


 そう短く答えた。


「お前にはルイスの相談役としてアルカディア領に行ってもらっていた。その際にネルソンから魔鉱山の調査の話を聞いていたか?」

「はい。聞いておりました」

「それはいつ頃の話か覚えておるか?」

「覚えております。昨年の春ごろでした」


 ちゃんと根回しはばっちりってことね。

 一応は報告書の調査開始時期と合ってる。


「去年の春……。では何故その事を私に報告しなかった?魔鉱山が見つかる可能性があったなら、それは当然知らせるべきであろう?」

「調査を開始したという報告は受けておりましたが、発見したという報告は受けておりませんでしたので。不確定な報告をして閣下のお手を煩わせるわけにはいきませんでした。それにネルソン様から詳しい調査方法については聞いておりませんでしたので、実際にどのような報告をするのかという判断が出来ませんでした」

「ネルソン。セオドアにも詳細は伝えていなかったのだな?」

「もちろんでございます。先ほども申し上げたように、我々の研究した技術はおいそれと人に話せるようなものではございませんので」

「セオドア。その言葉に間違いはないのだな?」

「間違いございません」

「そうなるとネルソンの言い分も正しいという事になるが……」


 ダウントンは表情を崩すことなく私の方を見る。


「リサ嬢よ。ネルソンの言う事が正しいのであれば、君が独自の方法で魔鉱山を見つけたのだとしても、最初に発見したのはネルソン――ルイス統治時ということになる。すなわちアルカディア領にあったとしても、その採掘権はジェリエストンにあることになるが」


 調査が実際に行われていたということになれば、あの報告書の真実味が一気に増すことになる。

 たとえそれが口裏合わせのものであったとしても、現状は私もネルソンもどちらが黒という状況ではないのだから、一人でも第三者の証言がある方に天秤は傾く。


「そうですね。失礼を承知で申し上げてもよろしいでしょうか?」

「ああ構わん。ここでは何を制限するつもりもない」

「ありがとうございます。セオドア男爵もネルソン子爵もお方。そのお二人の証言が揃ったのでしたら、私としても少々不利な気がいたします」

「……リサ嬢。その言い方には何やら棘のようなものを感じるのであるが」

「失礼いたしました。そのような意図で申し上げましてございます」

「アルカディア子爵!いくらなんでも閣下に失礼であろう!!」

「ネルソン子爵。私は閣下に失礼を承知で申し上げる、と言い、閣下もそれを許可してくださいました。貴方に文句を言われる筋ではございません。それとも貴方は閣下の言を蔑ろにされるのですか?」

「貴様!!」

「ネルソン!!落ち着け。発言を許可したのは私だ」

「――っ!」


 まるで私に親でも殺されたのかってくらいの顔で睨みつけてくるネルソン。

 自分の事を棚に上げてとはよく言ったものだと思う。


「閣下。従者のレオルドをこの場に呼ぶことをお許しいただけませんでしょうか?」

「従者を?レオルドというのは一緒にいた少年の事か?」

「この場に従者を呼ぶだと!?今どれだけ重要な話をしているのか貴公は理解しておらぬのか!」

「子爵に聞いているのではありません。閣下、是非とも御許可をお願いいたします」

「その者が必要なのだな?」

「はい」

「分かった。許可する」

「閣下!?」


 さあ、これが私の最後の一手ですよ。

 


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