第45話 判決――そして……

「ここに書かれてある商人がどのような者たちなのかは調べればすぐに判明することではあるが――ネルソン。そしてセオドア。この件を手配したお前たちが知らぬはずはないな?少なくとも最初に売り渡した商人に関してはな」

「そ、それは……」

「…………」


 あからさまに狼狽えるネルソン。

 セオドアに至っては顔面蒼白で床を見つめたまま震えている。


「セオドア。お前は私に報告する際、アルカディアの作物は品質が悪く値が付かないと言っておったな。だが、最後にスミス商会が市場に流している値はジェリエストンで採れたものと変わりないのではないか?」

「――!?あ、あ……あの……いや……その……」


 自分の名前を呼ばれたセオドアは座ったまま器用に跳び上がった。

 結論としては、アルカディア領で採れた作物を取引していた裏にはスミス商会がいた。

 その息のかかった商人以外は市場に出回るまで関与することがなく、スミス商会の決めた価格で全て処理されていたのだ。

 決してアルカディア領で採れた作物の質が悪かったというわけではなかった。

 ただそう思い込まされていた、というだけ。

 だからこそ現地の管理官であるシモーネからそう報告を受けた王都の経理菅すら怪しむことはなかった。開拓地で採れた作物の質など高が知れているだろうという先入観もあっただろう。


「ネルソン。お主ほど商売に明るい男がこの事に気付かぬはずはないよなあ?」

「い、いえ!これは、その、ですね……」

「つまりお前たちは共謀して架空の商人を使い、その差分の利益を誤魔化しておったのだな?」


 ダウントンの物言いは普通だったが、その言葉から感じる圧はそれまでとは全く異なるものだ。

 向けられていない私の肩にさえ何かが重く圧し掛かったように感じる。


「はあ……お前たちを信頼してルイスの相談役に置いた私の目が曇っていたという事か……」

「ご、誤解でございます!私どもはそのようなことはしておりません!濡れ衣でございます!!」

「リサ嬢に濡れ衣を着せようとしたのはお前たちではないか。それとも身の潔白を証明する何かがあるのか?」

「ございます!アルカディアのシモーネ管理官をお呼びください!彼の者ならば必ずや私たちが無実であると証言――」

「無駄ですわ」

「――え?」

「そのような時間稼ぎは無駄だと言ったのです」

「……時間稼ぎだと?」

「本当に最後まで醜く足掻くのですね。そのような事をしてもここから逃げ出せるわけもなく、ほんの少しだけ断罪の時が伸びるだけ。結果は何一つとして変わらないでしょう?」

「ふざけたことを言うな!恐れ多くも閣下に対して詭弁をろうした挙句、無実である我々を陥れようとしている悪魔が如き魔女が!!」

「魔女で上等だと申し上げましたよ?それにシモーネはすでに今頃は私どもの兵が捕えていることでしょう」

「――な!?どういことだ!!陛下の臣である管理官を領主の独断でそのようなことが出来るとでも――」

「お忘れですか?私たちも同じく陛下の臣ですよ?主君たる陛下に対して不利益をもたらす者を捕らえるのに何の問題がございましょうか。

 あの者には公文書偽造の嫌疑がかかっております。そして貴方たち二人と共謀して行った横領の罪でも取り調べさせていただきます」

「シモーネもか……」


 そう呟いたダウントンはこめかみを押さえながら大きく溜息を一つついた。


「もうよい。お前たちの取り調べは改めて行う事にする。おい!この者たちを牢へ連れていけ!」


 ダウントンがそう言うと、先ほどの執事さんが部屋の外にいる兵士に声をかける為に動いた。


「閣下、失礼いたします!」


 そうして入ってきたのは二人の騎士。

 そのうちの一人の顔には見覚えがあった。


「コルトか。ネルソンとセオドアにはある嫌疑がかかっておる。後日取り調べるゆえ、それまで牢に放り込んでおいてくれ」


 エルデナード騎士団第三騎士団長コルト。

 最初に領主邸に着いた時に会った、あのいけ好かない態度の騎士だ。


「なんと……そのような事が……」

「違う!私は何もしていない!悪いのは全てそこの魔女だ!そいつが全部悪いんだあ!!」


 そう叫びながら立ち上がり、ソファを飛び越えて部屋の出口に向かって走り出すネルソン。

 本気でこの屋敷から走って逃げられるとでも思っているのかしら?

 外にはどれだけの兵士がいると?

 それにここからロジェストまでどうやって帰るつもり?


「待て!!」

「――グッ!は、離せ!!私を誰だと思っている!!その手を離さんか!!――ガッ!!」


 コルトと一緒に入ってきた騎士が素早くネルソンを捕らえて床に押し倒す。

 全身鎧を纏った騎士の体重がその身体に圧し掛かり、ネルソンは言葉を発する事も出来なくなった。


「最後まで見苦しい男だ……。コルト、お前はセオドアを――」


 その時、コルトが腰に帯びていた剣の柄に手をかけるのが私の目に映った。


「閣下!!」


 私は咄嗟に叫ぶ。

 しかしそれと同時にコルトの剣が鞘から引き抜かれた。


 ダウントンの右わき腹から左肩に向けて振り抜かれる剣身。

 一瞬だけ部屋の魔光灯の光を反射してギラリと輝く。


「――ぐぬっ!!」


 ダウントンの大きな目は更に限界まで見開かれ、剣の軌跡に沿うように、鮮やかな鮮血がその身体から吹き出した。



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