第40話 ネルソン子爵

 物音一つしない室内に何とも重苦しい空気が漂う。

 ダウントンが瞑想のような状態に入って一分ほどの時間が経過した。

 私はダウントンが何か言い出すまでただ待つしかなかった。


 すると、そんな沈黙を打ち破るかのように応接室のドアがノックされた。


「……なんだ」


 ダウントンはゆっくりと目を開けながら返事をする。


「お話し中失礼いたします」


 扉を開けて入って来たのはビクトと雰囲気の似た執事。

 開けた扉の向こうにはこちらを覗き見るようなエマとレオルドの顔が見えた。

 行儀が悪いから止めなさい。


「ネルソン子爵がご到着されました」

「――え!?」


 ネルソンが到着?

 あいつもここに来たの!?


「分かった。ここに来るように伝えよ」

「かしこまりました」


 執事は一礼するとそのまま出て行ってしまった。


「閣下……今のは?」

「ああ、どうせなら双方の意見を聞いた方が良いと思って呼んでおいたのだ。すでにネルソンからの話は手紙で聞いているので、本当は君の話をここで聞いてから会わせようと思っていたのだが……まあ、それも些事にすぎんか」


 些事どころじゃなく大事ですよ!

 こっちの言い分が伝わってないのに、一方的に向こうの意見だけ先に聞いて話し合いするとか不利過ぎるじゃないですか!?

 え、待って待って!

 ネルソンが来る前にこっちの話を聞いてくださーい!!


 と、そんな事を口に出せるわけもなく、私は動揺した気持ちのままネルソンの到着を待つことになってしまった……。



 ホレーショ=ネルソン子爵。

 年齢は今年30歳とまだ若い。

 幼くしてネルソン子爵位を継ぎ、先代の興した魔石事業を今の規模にまで成長させた敏腕経営者という側面もある。

 赤髪を短く刈り上げ、切れ長の目と通った鼻筋のその外見はなかなかに美形で、攻略キャラに混ざっていても遜色はないと思う。


 部屋に入ってきたネルソンと自己紹介を済ませ、お互いがテーブルを挟むような形でソファに腰かける。

 ダウントンはそのテーブルに対して上座(?)のような横の位置に座り、ゆっくりと私たちの顔を見まわした。


「ネルソンは着いて早々ですまないが、皆それぞれに忙しい身であろうから話を始めさせてもらう」


 貴方は暇そうにここで私がご飯食べてお風呂入っての時間を潰すつもりだったみたいですけども?


「リサ嬢にはまだ説明していなかったが、今回ネルソンより訴えがあったのはアルカディアの魔石鉱山の件についてだ」


 やっぱりそっちか。


「現在アルカディアにおいて採掘が行われている魔石。その元となる鉱山はリサ嬢が領主として就任するよりも前に、ネルソンによって調査が行われており、すでに魔石が採れることが判明していた。つまり鉱山の所有権は当時の領主であったルイス、ひいてはダウントン家にあるのだと」


 魔石の取引価格について訴えるよりも、大元にある鉱山の所有権を取り上げてしまう方が手っ取り早い。

 その方法として自分たちが先に見つけていたと主張するだろうとは想定していた。

 さすがに今回の件でロジェストが権利を得る事は無理なので、それならばうち子爵よりも上の家格の侯爵家のものだと主張すれば、莫大な利益の上がる話だけにダウントンも味方につけれると踏んだのだろう。

 そして侯爵家には自分たちと競合しない市場――ヴァルハラ東部や隣国アストレア王国との取引を勧め、再び魔石の価格を元に戻そうと考えているんだと思う。

 ネルソンの方に目を向けると、口元に微かな笑みを浮かべながら私を見ていた。


「リサ嬢。これが同封されていた調査報告書だ」

「拝見いたします」


 報告書には私が四月に拝領するよりも以前。

 三月の初頭をもってホープス鉱山の場所に魔石の存在が確認されたとある。


「ネルソンにはルイスにアルカディアを任せるにあたり、その経営手腕を見込んで相談役を頼んだ経緯がある。ゆえにその役目の一端として魔石による事業を考えていたとの事だ。そうだな?」

「はい。おっしゃる通りでございます。

 私は閣下よりの信頼を果たさんと奮闘いたしておりましたが、なにぶん開拓間もない土地ゆえ、なかなか思うような結果を出せずにおりました。

 そこで思いついたのが魔石の採掘でございます。ロジェストにある魔石鉱山と繋がるカミド山脈沿いであれば、どこかに同様の鉱山が見つかるのではないかと。そう考えてこれまでのロジェストの魔石研究に携わる者を総動員いたしまして調査を続けていたのです。

 そしてその調査の結果、あの場所において魔石が埋蔵されていることを突き止め、後は採掘を進めるところまできていたのですが、そのタイミングでアルカディア子爵の拝領が決まってしまいまして……」


 ほお?採掘をせずに魔石があるかどうかを調査して見つけた、と?


「子爵にお聞きいたします。子爵はただいま調査の結果魔石を見つけたとおっしゃいましたが、どのような方法で調査されたのかお教えいただいてもよろしいでしょうか?私の知識といたしましては、直接掘り起こす以外の方法があるとは存じ上げておりませんでしたので」

「ふむ。たしかにそうだな。これまでに魔結晶がある場所を探す方法があるという話は聞いたことがない。どうなのだ?」

「もうしわけございませんが、これはロジェストにおいて確立させた秘匿の技術でございます。もしこの方法が世間に知られれば、それこそ魔石があちらこちらで見つかり、これまでの我が領の優位性が保たれなくなる恐れがございますので、たとえ閣下の頼みであれど、こればかりはご容赦いただきたく存じます」

「うむ。それはそうであるな。多く採れるに越したことはないが、利用方法が限られている以上は値崩れしてしまう恐れがある。採算が取れなくなるのでは意味が無い。聞いた私が悪かった。許せ」

「ご理解いただき感謝いたします」


 つまりそんな方法は無い、ということね。



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