第36話 一騎当千 ~ジェームズ視点2~
森の中を進むと、前方にぼんやりとした明かりが見えた。
控えめに、遠くから見つからないように抑えられた小さな松明の灯り。
その先は少し開けた場所になっているようで、どうやらここが野盗たちが陣を引いている場所のようだった。
「誰だ!!」
松明の傍に居た男がこちらに気付いて大声を上げる。
俺は特に忍ぶことも無く木々の間を歩いて近づいていく。
男の声に反応したのか、一斉に人の動き出しただろう足音が聞こえた。
「おい!貴様!止まれ!!」
「この足音……一人……か?」
「油断するな!誰か周辺の偵察に行け!!」
こちらに向けて剣を抜いて構える男たち。
次々と集まってきた数はすでに三十を超えている。
しかし向こうからは俺の姿はまだ闇の中で見えていないはずだ。
混乱したように口々に叫ぶ声が周囲に響いている。
松明を手に持った男たちが駆けつけ、強まった明かりが俺の姿を浮かび上がらせると、野盗たちは一様にきょとんとした顔になった。
「……その姿は公爵軍の兵士か?いや、しかし……本当に一人なのか……?」
「そんなはずはないだろう?一人だとしたら敵陣に何しに来たっていうんだ?」
「まさか仲間に入れて欲しいとかか?」
「こんな夜中にか?」
「脱走するなら夜中じゃねーのか?」
「まあ、そりゃそうかもしれねえけど……」
馬鹿と馬鹿が馬鹿な会話をしてやがるな。
誰がテメエらみたいなクソ野郎どもの仲間になりたいと思うかよ!
俺は偃月剣を両手で握りしめ、一気に野盗目掛けて駆け出した。
「な、なんだその馬鹿デケエ槍は!?」
「敵だー!!敵襲ー!!」
「落ち着け!敵はたったひと――」
最後の野盗は言葉を言い切る前にその首を宙に飛ばした。
返す刀で近くにいた男たちを薙ぎ払うと、全く何の手応えを感じることなく三人の体が両断された。
「――ひっ!ひいぃぃ!!」
切断された胴体から血が噴き出す。
それを頭から浴びた別の男が情けない悲鳴を上げた。
「俺の名はジェームズ!!フィッツジェラルド公爵家が一兵卒だ!!貴様らクソ共を相手するのに騎士様の手を煩わせる必要もねえ!!全員俺が相手してやらあ!!!」
異変を感じ取った俺の部隊の仲間が駆け付けた時には全てが終わっていた。
俺は向かってくる敵を斬り続け、気付けば敵のボスも倒していた。
ただ、どいつも歯ごたえがなかったので、いつの間に倒してしまったのかの記憶は無かった。
翌日から大規模な山狩りが行われ、ほぼ全ての野盗の掃討に成功したのだが、俺はあの後でこっぴどく上官に叱られた上に、処分が決まるまでの謹慎処分を言い渡された。
そしてこれから俺の処分が伝えられる。
フィッツジェラルド公爵邸にある大広間に通された俺は、特に拘束されることもなく、公爵閣下が来るのをその場で頭を下げたまま待っていた。
軍規違反が重罪なのは承知している。
たった一人の身勝手な行動によって軍全体が壊滅的な被害を被るなんてこともありえるんだから。
だからすでに俺はどんな罰を言い渡されようと覚悟は決めていた。
俺は自分自身の感情を抑えきることが出来ず、単独で敵陣に突っ込むなんて馬鹿な事をしでかしたんだから、例え死罪を言い渡されても仕方がないと諦めていた。
「第一騎士団旗下、第一歩兵隊所属、ジェームズ曹長。貴公の此度の活躍に対する褒賞として、当代限りの騎士爵を授与するものとする。そして同時にマーシャルの家名を与える」
俺はこの家に仕えることの出来た幸運を神に感謝し、そしてこれまでの自らの行いを死ぬほど恥じた。
そしてこの命ある限りこの家に尽くすことを心に決めたのだ。
ホープス鉱山の岩壁沿いを南へと進んだ場所。
それまで南から伸びていた森が途切れ、鉱山に向けて少し開けた場所に抜ける。
月は雲に隠れ、周囲は漆黒の闇の中。そして目的地が近づいたこともあってか、百人近いと報告を受けていた賊たちは自らの足音を隠そうともせずに全速力で走ってきている。
「明かりを灯せ」
「ハッ!」
俺の指示で両翼に待機させていた者が火魔法を地面に向けて放つ。
そこに仕掛けてあった魔石がその炎に反応して人の高さほどの火柱を上げ、一気に賊の向かってくる方向に、奴らを囲うように炎の壁を創り出した。
「何だ!?」
「急に火柱が上がったぞ!?」
「おい!前を見ろ!待ち伏せだ!!敵がいるぞ!!」
混乱した賊たちは口々に喚き散らしているが、正直誰が何を言っているのか聞こえやしねえ。
俺は乗っていた馬の横腹を軽く蹴り、賊たちに向かって走り出す。
手には相棒の偃月剣――ではなく、ただの鉄で出来た棒っ切れ。
リサ様の指示は誰も殺さずに捕らえろとのことだから仕方がない。
こんな奴らにまで情けをお掛けになられるとは、リサ様は本当にお優しい心をされていらっしゃる。
「俺の名はアルカディア騎士団副団長ジェームズ=マーシャル!全員武器を捨てて投降しろ!!歯向かうのであれば容赦はせん!!」
鉄の棒でも当たり所が悪ければ大怪我をするかもしれん。
それでも真っ二つにされるよりはマシだろう?
本来ならこの場で殺されても文句を言えない立場なんだから、お前たちはリサ様の女神の様な恩情に感謝するべきだ。
リサ様に最大の感謝を。
そしてこれまでの自らの行いを死ぬほど悔いながら短い余生を送るが良い!!
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