第35話 一騎当千 ~ジェームズ視点1~

「副団長!見張りから連絡がきました!敵襲です!!」


 大当たりだ!!

 部下からの連絡を受けた俺の心は歓喜の叫びを上げた。


 リサ様に付いてアルカディアに来ることが決まり、俺は副団長という役職に就く事になった。

 最初は望外の出世に喜んだのだったが、その実務にある事務作業がとんでもなく自分にとって苦痛であることに、その時の俺は全く気付かないで浮かれていた。


 そんな事は少し考えたら分かるだろうと思うかもしれないが、それまでの俺は体を使う事がほとんどで、報告事項に関しても口頭で伝えることしかなかったのだから、まさか上の人間があんなにきちんと書類としてまとめているなんて知る由もなかったのだ。


 文字の読み書きは出来る。

 こう見えて実家は平民ではあるが、それなりに裕福な家だった。

 王都のエルディン学園のような貴族子女の通う学校にはさすがに行けないが、フィッツジェラルド領内にあった平民の子供たちの通う学校の初等部には十二歳の頃まで通っていたのだ。

 まあ、でも、いろいろと素行面が悪いとかで中等部への進級は諦める事になったのだが……。


 それからの俺はとにかく体を鍛えた。

 近所にあった剣術道場にも毎日通った。

 日々の筋トレも先生の言った三倍の数をこなした。

 元々身体を動かすことが好きだったのもあり、俺の将来の夢は兵士、出来れば活躍して騎士になれないだろうかと考えていた。


 そして十八になった時、俺はフィッツジェラルド家の兵士募集に飛びついたのだ。

 どうせ仕えるなら少しでも大きな家が良い。

 それまでに出かけた先の領地で何件かの伯爵、子爵家の兵士募集を見て悩んだ時期もあったが、ヴァルハラ王国最大の貴族といえばフィッツジェラルド家。俺は何としても受かってやると一人気炎を上げていた。


 試験は面接と実技。

 実技は試験官である騎士との模擬戦だったが、相手は俺の剣を受けきることが出来ずに吹き飛んでしまった。

 あの時の驚いた試験官の顔は本当に傑作だったな。俺を子供だと思って余裕かましてやがったからな。

 面接の評価がどうだったのかは知らないが……。

 しかし俺は見事公爵家への士官を果たすことに成功した。


 それから俺は公爵家の兵士として働いた。

 普段は交代で屋敷や領地の警備にあたり、それ以外の時間は所属部隊の訓練に勤しんだ。

 特に大きな事件もなく、実戦に出る機会もなかなか訪れることがないまま十年近い月日が流れた。

 刺激の少ない日々だったが、それはそれで領内が平和だという証拠。

 親しい友人や後輩も出来、世間的には高給と言われるだけの収入も得ており、俺はそれなりに充実した日々を過ごしていた。


 転機は今から五年前に突然訪れた。

 隣接するキャベンディッシュ領で大規模な野盗狩りが行われたのだが、そこで取り逃がした首領を含めた千人近い野盗がフィッツジェラルド領内の山中に立てこもるという事件が発生した。

 そいつらの組織名は『仮初かりそめ落日らくじつ』。

 王国全土にその組織を拡大し続けていた一大犯罪組織に所属する野盗集団だった。

 構成員の規模は数万から数十万ともいわれ、そのボスが誰なのか、組織の目的が何なのかも不明。

 しかし「犯罪の陰に落日あり」と言われる程に、その王国内で起こす犯罪の種類は多種多様に渡り、どれだけの敵を捕らえたとしても、組織の尻尾すら掴めない状況が続いていた。

 だが、その野盗を取り仕切っているボスがキャベンディッシュ領内の山中に本拠地を構えていたことが分かり、当時すでに宰相であったキャベンディッシュ侯爵が大規模な討伐戦を仕掛けたのだ。

 敵の数は約三千。

 対するキャベンディッシュ軍は一万を超える戦力を揃え、余裕をもって臨んだ戦いだったのだが……。不慣れな山中、騎馬の機動力を生かせない場所での戦いということもあり、最終的に三分の一程の敵に逃走を許すこととなった。


 キャベンディッシュ家からの報告を受けたマイヤー様(リサの父親)は、すぐに騎士団を主力とした討伐隊を編成した。

 俺はその中でも先方隊である第一騎士団の歩兵隊の一員として最前線に配備されたが、どうやら俺たちの隊は突撃役ではなく、遊撃隊として敵の本陣とは離れた方向へと進んでいたようだ。


 山中に潜むこと三日。

 敵陣の方向は分かっているのに、一向に攻め込む気配もなければ向かってくる敵もいない。

 当然後方から来るはずの味方の影すら見えない。


 実はその時、すでに敵本隊との交戦は始まっていたのだったが、離れた場所にいた俺には分からず、ただただ時間が過ぎるのを待つだけの苦痛が続いた。


 三日目の陽が落ちた。

 俺の我慢はついに限界を迎えた。


 辺りが暗闇に包まれ、当直の見張り以外の兵士たちが寝静まるのを確認した俺は、未だ実戦で振るった事の無かった愛槍の布巻を外す。

 特注の大身槍おおみやり

 刃長100センチ、柄長200センチ、重さ約30キロ。

 通常の兵士の持つ突くため槍とは全く形状が違い、刃の片刃で斬ることが出来、その逆側を平らに厚くしたことで攻撃を受け止めることも出来る。

 柄の芯にも鉄を使い、懐に入られたとしても、その柄で殴り殺すことも可能だ。

 仲間からは、そんなバカげた武器を振り回せるのは、大陸中でもお前だけだと笑われていたな。


 そう、これは突くのではなく振り回す為の武器。

 隊の中にいて周囲の味方に気を使いながら使う得物ではない。


 自分を中心に半円を描き敵を斬る。

 槍の形を模した剣。


 紅に染まる偃月えんげつ(半月)のように、その刃の軌跡を緋に染めよう。


 血月けっつきが不吉を呼ばれるならば、俺はその不吉そのものになろう。


 己の守護するものにあだ成す全ての者に絶望と恐怖を。


 愛する者に危害を加えようとする者には絶対的な死を。


 俺は「偃月剣えんげつけん」を握りしめ、一人森の中へと入っていった。



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