第34話 襲撃

「さて、これでどう出ますでしょうか?」


 スミスを見送ったビクトが応接室へと戻ってきた。

 結局私への説得は無理と判断したのか、スミスは早々に席を立ち、最後に「その判断は後悔することになるかもしれませんよ」と、シモーネに負けず劣らずの小者感を漂わせながら帰っていった。


「スミス商会には直接何かをする力は無いでしょう。如何におおだな店の商会とはいえ、その主な取引材料の魔石販売が立ちいかなくなっている現状。それは周囲の商人との関係性にも影響が出ているということでしょう。彼に何か出来るとしたら、ネルソン子爵に泣きつく事くらいね」

「元々子爵の考えで来られていたのでしょうから、次は子爵自身が何か仕掛けてくると?」

「どうやら素直に値下げする気はなさそうだしね。実力行使という手に出てくるんじゃないかしら?」

「兵を出してくる、と?流石にそれは大義名分が通らないでしょう?もし子爵が怒りに任せて短絡的に考えたとしても、お嬢様は公爵家令嬢。そう考えれば簡単に手出し出来るとも思えませんが……」

「まあ、流石にそこまで露骨に手を出すとは思っていないわ」


 でも何を仕掛けてくるか想像はつく。

 こういう場合に悪党が自分の手を汚さずにやれる手段はそれ程多くはない。


「ウィリアムを呼んでちょうだい。ジェームズは……説明がややこしくなるから良いわ」

「かしこまりました。すぐに呼んでまいります」




 スミスとの会談が終わって二週間が過ぎた。

 未だネルソン子爵は魔石の値下げには応じず、ついに魔石の採掘自体がストップしているらしいとの情報が入ってきた。

 ならそろそろだろう。そう思っていたある日の深夜。

 部屋のドアを叩くノックの音で私は目覚めた。


「お嬢様……深夜に失礼いたします」


 聞こえてきたのはメイドのアンの声。


「構わないわ。入りなさい」


 ベッド脇の魔光灯を点けると周囲がぼんやりと明るくなり、寝間着姿のアンの姿がその明かりに浮かんだ。


「あの……ビクト様よりお嬢様に至急お伝えしたいことがあるとの事です」


 その内容を知らないアンは、深夜に主人を起こすという事に戸惑っている様子。


「分かったわ。ビクトはどこ?」

「ええと、私のところに来た後、騎士の方と玄関ホールで話があるからと……ああ!申し訳ございません!どちらにお越しいただければ良いのか聞いておりませんでした!」

「ああ、良いわ。じゃあ多分玄関ホールにいるはずよ」


 その騎士もいるはずだから、そこで一緒に待ってるでしょ。



 寝間着の上にブランケットを羽織って玄関ホールへと向かうと、玄関を入ったところで話をしているビクトと騎士の姿があった。


「ご苦労様」

「リサ様!ご就寝中に失礼いたします!」


 ホールへと階段を下りていく私に、見覚えのある騎士が甲冑の音を響かせながら礼を取る。名前は……ええと……。


「……貴方はジェームズ副団長のところの人ね?」

「はい!アルトゥーと申します!」


 金髪の青年は真っすぐに私を見ながらそう名乗った。


「ああ、そうそうアルトゥーだったわね。貴方が来たということは、当たりはジェームズのところだったのかしら?」

「はい!その通りです!」

「そう……」

「お嬢様。すでに報告は受けておりますが、ジェームズ殿はちゃんと言いつけを守っておられたようでございますよ」


 ジェームズと聞いて不安に感じたのが顔に出ていたのだろう。ビクトはすぐにそうフォローを入れた。


「そうね。彼だって副団長なのだから……大丈夫よね?」

「あ、ええと、はい!ジェームズ副団長は立派に役目をお果たしになりました!」


 普段の彼の事を良く知っているだろうアルトゥーは、私とビクトが何を心配しているのかを察したようで、彼も慌ててフォローを入れてきた。


「それで被害の方は?」

「すでに報告を受けておりますので、そちらは私から説明いたします。敵の数はおよそ百。侵入経路はアルカディア南方カミド山脈からヘワ村の西を抜けてホープス鉱山へ向かうルートをとったようです。ヘワ村での被害は無し。ホープス鉱山への道中でジェームズ副団長率いる騎士団が交戦し、敵を全て捕縛。騎士団の被害は軽症者が数名出たのみとのことです。ただ……敵の中には重傷者が数名出ている模様ですが……死者は今のところいないとのことです」

「上出来ね。自分たちに危険が及びそうなら無理な捕縛はせずに殲滅でも構わないと伝えていたのだから、これは出来過ぎなくらいだわ」


 しかもそれがあの脳筋のジェームズが率いている騎士団なのだから僥倖と言っても良いのでは?


「で、敵の中に兵士のような者はいたかしら?」

「いいえ……私が見た限りは、全員がただの野盗のように思えましたが……。訓練を受けた者の動きという感じはいたしませんでした」

「お嬢様の推測通りでございましたね」

「流石に自分のところの兵士を紛れ指す程馬鹿じゃなかったということね。お陰で被害が出なくて助かったわ」


 野盗とはいえ百人と聞けば多そうに感じるけど、こちらは訓練を重ねた騎馬隊率いる騎士団とその兵士たち。十倍の数であったとしても引けを取ることはない。しかも最初から敵の襲撃を予測して万全の警備シフトを組んでいたのだから、敵としても驚いたでしょうね。

 まあ、来るのが騎士や兵士だったとしたらどうしようも無かったけど、相手がそこまで大胆な事が出来る程の大物では無いと分かっていた。


 ホレージョ=ネルソン子爵。

 ロジェストの領主として魔石の専売で大きな利益を上げ、ロジェスト領の発展に大きく貢献。

 そしてその内政面での功績を買われ、ルイスがアルカディア領主に就任した際に経営面での相談役をにダウントン侯爵より頼まれていた。

 自分は決して表に出てこず、こそこそと裏で策略を練って人を動かすだけの小人物。

 金に執着が強く、優柔不断で然したる才も持ち合わせない。


 シモーネ管理官。

 スミス会頭。

 ネルソン子爵。


 もう小悪党祭りにも飽きてきた。

 そろそろまとめて決着をつけなきゃね。


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