第33話 スミス商会

 本格的に魔石の販売を開始してから三か月ほどが過ぎた。

 朝晩の気温も下がりはじめ、過ごしやすかった秋もそろそろ終わりを迎えようとしている。

 領内での主な農作物の収穫が終わり、農家は他の領民に先立って定められている税の現物納税を始めていた。


 税率変えたのか?

 いいえ、そりゃあ三割のままですよ?

 魔石売れてないのか?

 いいえ、グレイのお陰で絶賛売れまくってますよ?


 グレイが優秀なのは分かっていた事だったけど、その評価すらも甘かったんだと思い知るほどの手腕を発揮してくれた。

 商人たちとの交渉に流通ルートの開発。ロジェスト側からアルカディア側への取引先変更の打診は私が提案した事だったけど、これほどまでにスムーズに事が運ぶとは思っていなかった。それもひとえにグレイの交渉術によるものだろう。


 結果的にロジェスト産の魔石は領地に売れ残っている状態となり、現在のエルデナード地方の魔石市場しじょうはうちの独占ともいえる状況になっている。


 ロジェストの領主はホレージョ=ネルソン子爵。

 もう少し賢い人物だと思っていたけど、どうやら欲を出して値下げに踏み切れないでいるらしい。

 まあ、あっちが判断を迷っている間は稼がせていただきますよ。


 魔石で利益は上がっているけれど、それは基本的にアルカディア領としての収入。

 作物の収穫量や品質が向上したわけでもないし、街に住む人たちにその恩恵が回っているわけでもない。

 税率を他の領と同程度まで引き上げるとなると、領民一人一人の所得を増やしてからじゃないとだ。


 街の経済に関しては、魔石の噂を聞きつけた商人がコナンを訪れる頻度が増えているらしく、若干ではあるけれど賑わいを増しているらしい。

 こちらから売りに出すような特産品が無いアルカディア領だが、税率の関係と辺境の地だったということもあり、蓄えはあるが使い道の無い領民が多くいた為、それに気付いた商人たちが今後も足繫く通ってくれることを願うばかりだ。


 農業面では、ざっとした目算ではあるけれど、昨年比で10%近く多い収穫量となっている様子。

 これは開墾が進んで作付面積が増えた事が主な要因だけれど、それに伴って移民してきた人口増加も軽視出来ない。

 それまで住んでいたところよりもアルカディアに魅力を感じている人たちがいるということ。これは魔石販売によってアルカディアの名前が今後更に広まった時に、ここへの移民を検討する重要なファクターとなる可能性が高い。それは今のアルカディアには無い知識を持った人たちが集まる可能性でもあり、人材不足の現状で最も期待している点でもあった。


 魔石鉱山の発見、グレイとの出会いを経て、アルカディア領はようやく立て直しへのスタートを切ることが出来たのだけれど……。

 当然それに伴う面倒事も片づけなくてはならなくて……。


「お待たせいたしました」


 ビクトが開けてくれた応接室の扉をくぐる。

 中央のソファーセットの前に直立不動で立ち、こちらを真っすぐに見ている壮年の男性。短めに整えられた深いブラウン色の髪、口元を覆うような濃い髭、驚いたようにぎょろっと開かれた大きな目。おでこに刻まれた深い皺も相まって、まるでだるまの様に見えた。


「本日はお忙しい中、お時間を取っていただきましてありがとうございます。私はロジェストでスミス商会を営んでおります、会頭のスミスと申します。この度は噂に名高きリサ=アルカディア子爵様とお会いでき光栄にございます」


 、ね。

 どうやら最初から猫を被る気は無いようね。


 ロジェストの魔石販売を一手に引き受ける大店おおだなのスミス商会。

 今回の件で最も被害を受けたのは彼らだろう。

 仕入れた魔石をこれまで通りに売りたい。しかし市場価格は元の七割に落ちている。でもネルソン子爵は値下げに踏み切れないでいる以上、スミスもこれまでと同じ価格で仕入れて売るしかない。でも売れない。

 それならしばらく仕入れなければ良いのではないかと思うが、そうなるとスミス商会が今後ロジェストの魔石販売に関わることは二度と無くなるだろう。利害関係にある互いの信頼関係が崩れてしまえば、それを修復するのは並大抵の事ではない。


 それならどうする?

 一番簡単なのは競合相手との談合。

 お互いの利益を争うことなく分け合おうとするのが最も早い。


「では早速ですがお話を聞かせていただきましょうか。お互い忙しいでしょうから」


 テーブルを挟んで向かい合って座る私とスミス。

 ビクトは入り口の扉横で待機している。


「単刀直入に申し上げます。アルカディアから市場へ出している魔石の価格を引き上げていただきたいのです」


 ん?直球?

 交渉のテーブルに着いたばかりなのに、腹の探り合いも無しなの?


「価格を引き上げる?どうしてです?私たちは今の価格でも十分な利益を得ており、特に引き上げの必要性を感じませんが」

「失礼を承知で申し上げさせていただきますが、子爵様は商いにおいては素人でございます。商人というものは同じものにどれだけ価値を持たせて売り、どれだけ利益を上げるかでその資質を問われるのでございます。今の子爵様のやり方はまだ上がるはずの利益をドブに捨てているようなもの。私は商人の端くれとして、それが勿体なく思うのです」


 成程ね。

 直球かと思ったら、あくまでもこちらの事を心配してというスタンスで来るのね。

 上手く説得出来たら恩も売れるくらいに思ってるのかしら?


「確かに、あなたから見れば私のやっていることはそう映るのでしょうね。実際にもう少し高くしても売れるとは思ってました」

「それなら――」

「でも、値上げはいたしません」

「――な!?どうしてです!?失礼ですがアルカディア領の経営状況が芳しくない事は私どもも承知しております。なら、少しでも多くの利益を上げることが――」

「スミス会頭。あなたは適正価格というものをご存じかしら?」

「え?ええ……それはもちろん存じておりますが……」


 スミスの顔に一瞬焦りの色が浮かぶ。


「これまでロジェストだけでも成立していた魔石の需要。そこにアルカディア産の魔石が加われば需要過多になるのは明白。如何に魔石が貴重であったとしても、それが誰にでも必要というわけではないでしょう。必要としているのは一部の貴族や富裕層。使用方法も限られています。いくらでも売り手がいる商品ではない以上、今後値崩れが起こるのは必然。貴方は先程申されましたね?同じものにどれだけ価値を持たせて売り、どれだけ利益を上げるかでその資質を問われる、と。私は素人ですからそうは考えませんでした。私は、同じものにどれだけ本当の価値があるのか、どれだけ正しく利益をもたらす力があるのか、それを考えた上で現在の価格が適正価格であると考えたのです。どうでしょう?そちらが抱えているロジェスト産の魔石の価値は今までと同じですか?貴方の考えが正しいければ、今も同じ価値で同じように取引が出来ているのでしょう?」


 だるまのような目が更に大きく見開かれた。



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