第37話 判明

「残念ながら首謀者については誰も知らないようでございます」


 襲撃してきた野盗全員の取り調べが終わり、ビクトがその調査報告を伝えにきた。


「分かったのは素性の知れない男に金を渡されて頼まれたという事。その者が誰なのかは分からず、奴らも大金を渡されたので従ったとの事でございます」


 今回の野盗は全員で97人。

 結構な大所帯なのでそれなりの情報が出てくるかとも思ったんだけど、実際は依頼主がいくつかの縄張りを持つ集団をまとめて雇っていたとのことだった。


「ふぅ……。よくそんな誰とも分からない人物からの依頼なんて受けるものね。いくらお金を積まれたからといって、その者の言っている事を鵜呑みにするなんて信じられないわ」

「そのお考えには私も同感ではございますが、奴らも常に明日をも知れぬ生活に身を置いております故、目先に大金を積まれると判断が鈍るのかもしれません」

「それだけかしらね?依頼主にしても野党の根城を把握しておいて放っておいたのは、今回のようにいざという時に利用する為だったんじゃないかしら?

 だからギリギリのところまでは追い詰めるけど、決して討伐しようとはしなかった。それも自分たちの領地に問題が起こらない程度に収めながら」

「しかしそれですと……」

「ええ、少なからず民に被害は出ているでしょうね。それに野盗集団がいることが分かれば、生活に窮した者がその下へと加わることもあるでしょう。そして大きくなり過ぎる前に削り、常に一定の規模を保たせつつ、奴らに常に身の危険を感じさせ続ける」

「ゲスすぎますな」

「ええ、本当に。まともな思考で考えてたらこちらの頭がおかしくなるわ」


 領民を危険に晒してまで賊を便利な手駒として確保しておくという考え方。

 どこまで利己的な思考になれば思いつくのか……。

 あのネルソン子爵という男は。


「物的な証拠も証言も得られませんでしたが、奴らは皆ロジェスト領を拠点としていた者たちでした。まずお嬢様の考えていた通りかと存じます」

「まあ、元々子爵が仕掛けてくるのを想定して警備に当たらせていたのだから間違いないでしょうね」

「今回の失敗で凝りたでしょうか?」

「あれはそんな玉じゃないでしょう。襲撃が失敗した事が分かれば、次はもっと上からの力を使ってくるでしょうね」

「上からですか?」

「直接自分が手を下すのを恐れるような臆病者はね、常に大きな力の影に隠れてこそこそしているものよ」

「となると……」

「次に出てくるのは――ダウントン侯爵でしょうね」


 さて、ようやく役者が揃った。

 アルカディア領の横領を裏で指揮していたのがネルソン子爵なのか、それともダウントン侯爵なのか。

 その答え如何によって私たちの命運は大きく左右される事になる。

 もしかしたら踏んではいけない虎の尾を踏んでしまったのかもしれない。


 それでもこの件を有耶無耶にしたまま先に進むことは出来ない。

 アルカディア領の発展、地位の向上なくして、リサの計画の遂行は有り得ないのだから。

 ここで転ぶも、十年後に滅ぶも同じ。

 何度も言うけど、私にはリサの立てた計画を少しでも実現させる事に尽力するしか道はないんだから。




 野盗襲撃から十日。

 重傷者の処置も終わり、97人全員が王都に向けて護送されていった。

 これから再び王都での厳しい取り調べを受けた後に彼らの処遇が決定される事になるんだけど、まあ……その辺は推して知るべしって感じだと思う。

 その事を考えても大した罪悪感が湧いてこない自分に驚いてはいるけど、そういう世界なのだとリサの記憶が教えてくれているからなのかもしれない。

 彼らがこれまで犯してきた罪を考えれば、致し方ないことなのだろう。

 たとえ、元が領主の――王国の政治に原因があったのだとしても……。


 この間もロジェストに動きは無かった。

 相変わらず魔石の値下げに踏み切る様子もないし、特に何か言ってくることもない。

 つまり、今はすでに別の手を打っている最中なのだろう。

 値下げをせずに、うちと交渉もせずに、自分たちの利益となるような作戦。

 ビクトにも話したけど、次に仕掛けてくるならダウントン侯爵を動かすはずだ。

 いきなり攻め込んでくるような真似はしないだろうけど、侯爵を味方に付ける(最初からグルなのかもしれないけど)。そして言いがかりのような大義名分を上げてから兵を動かすはず。

 侯爵からその件で何か連絡があるならば、その時点で侯爵がネルソン子爵のバックに付いていないと考えて良いと思う。

 彼らがグルなのだとしたら、侯爵が私に確認を取ることなくネルソンの挙兵に賛同するはずだから。

 攻め込んだ理由なんて終わってからいくらでも取り繕えるものだと、前のグレイの件でよーく理解したしね。


 そして更に十日が過ぎ、カミド山脈の山頂付近が雪で白くなり始めた頃――


「お嬢様。ダウントン侯爵から早馬で書状が届きました」


 その報告に私は少しだけ安堵した。



「閣下が私に会いたいと言ってきたわ」


 手紙にはネルソンの事は何一つ書かれておらず、エルデナードを任されている身として、そして前アルカディア領を任されていた者(息子に丸投げしていたが)として一度会って話がしたいと丁寧な文章で書かれていた。


「お嬢様を誘き出す罠……ではなさそうですね」

「ええ。侯爵がわざわざ私を呼び寄せてまで暗殺なんてするとは思えないわ。やるならネルソンに任せれば良いんだから。でもこれはネルソンからの訴えがあったので、直接私にその件について問いただしたい、ということでしょうね」

「では、侯爵は子爵とは繋がっていないと考えてもよろしいのでしょうか?」


「ほぼ間違いないでしょう。横領について侯爵はシロ。全ての黒幕はネルソン子爵で決まりね」


 後はどう落とし前をつけさせるか。

 少なくともアルカディアから持ち出したお金は全部利子つけて返してもらうからね!!



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