第31話 王の血を継ぐ者 ~グレイ視点1~
グレイール=ヴァルハラ。
それが両親から授かった俺の名前。
エリュシオン大陸中央部に広大な領土を持つ大国ヴァルハラ王国。
俺はどうやらその王家の血をひいているらしい。
かつて俺の先祖は兄との継承者争いに敗れ、王都を追われた先祖は、この東の地「カンパニュラ」の更に辺境の地へと辿り着き、同行を許された少数の供と人目を避けるようにして森の中に居を構えて生活していたという。
そしてその者たちの子孫が父であり、俺だということらしい。
俺と三つ歳の離れた兄は、幼い頃から幾度となくその話を聞かされていて、今は貧しい暮らしをしているが、王家の者としての尊厳だけは決して無くしてはいけないと口を酸っぱくするほど言われていた。
近隣の村や町へ出かけることはあった。狩猟や山菜などの採集を主な生業としていた我が家は、他の生活に必要なものを仕入れる為にはどうしても人と接触する必要があったからだ。その役割は主に子供だった俺や兄が担当していた。
十人ほどが集落を作って森の中に住み、ずっと人との交流を避ける生活をしていた為、傍から見れば不気味な一団に見えた事だろう。そこで無害そうな子供の方が余計な警戒心を抱かさないだろうと両親は考えたのだと思う。
そこでもグレイールの名を名乗ってはいたが、決してヴァルハラ姓を名乗らないよう強く両親から言いつけられていた。
もし誰かにその事がバレれば王国の者に捕まって処刑されるからだと。
幼かった俺は、何故人に言ってはいけないのかということを考えるよりも、バレたら処刑されるという事の恐ろしさに怯えていた。
そんな暮らしだったが、両親が言うように貧しいと感じることは無かった。
辺境故の利点もある。
ほとんど開拓されていない山や森には豊富な自然の恵みがあり、そこで採れた物を村では野菜と、街では衣類などと交換することで一定水準以上の生活を送ることが出来ていた。少なくとも食うに困る事など無かった。
そして何より、村の子供たちでは通う事の困難だった学校。それと同程度の教育を周囲の者たちから教わることが出来たのだ。
後になって気付いたのだが、従者といえど王族に仕えていた者である。当然それなり以上の教育を受けた者でなければ務まりはしなかっただろう。彼らは自分の子らにもその事を伝えていき、そして更に次の世代へ受け継がれてきた。
当時の俺は彼らの言う学校というものに憧れを抱き、他の子供たちは皆通っているものだと思っていたのだが、学校の事を教えてくれた彼らさえも通った事がないという事実には気づいていなかった。
とりわけ俺の興味を惹いたのは文字の読み書きよりも最初に教わった算術だった。
一と一を足せば二になる。単純明快。
十の物を売れば十の金が手に入る。
これは俺と兄が街へ仕入れに行くために必要だったから最初に教えた事だったのだろうが、この事が後の人生に大きな影響を及ぼす事となった。
そして俺が十七、兄が二十歳の時、両親が相次いで鬼籍へと入った。
ある日の夜。具合が悪いと言って早めに寝た父。
翌朝には更に体調が悪化しており、急いで村の医者の下へと運んだのだが、懸命な看病の甲斐も無く三日後に還らぬ人となった。
そしてその一週間後。
夫を失った傷が癒える間もなく母親も同じような症状で息を引き取った。
二人を診た医者は死因が分からないと言った。
兄は疫病を疑ったが、その医者が言うにはこの村でも近隣の村でもそのような報告は無く、他に似た症状で亡くなった者もいないと。
確かに両親以外の俺や兄を含む集落の皆は無事だし、やはり二人が相次いで亡くなったのは偶然だったのかもしれない。
身内だけの母の葬儀が終わった次の日、兄は一人で集落を出ていった。
どこに行くのかと聞いたが、兄は「外へ」とだけ答え、兄にとってのこれまでの生活は、いろいろなしがらみに閉じ込められた窮屈な「中の世界」だったのだとその時に初めて知った。
兄が出ていってからひと月ほど経った。
あの日から俺の心の中にはもやもやとした、何とも言葉に出来ない奇妙な感情が常にあった。
その頃の俺は父の跡を継ぎ、弓矢を手に山へと入っては猟に勤しんだ。
両親がいなくなり、長男だった兄が集落を出ていったのだ。実質的にこの集落のリーダーは次男の俺。なので、その時は自分の感情に左右されているほどの余裕は無かった。
俺はこのままこの集落の中で生涯を終えるのだろうという、諦めに近い想いだけは常に抱いていた。
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