第22話 鑑識眼

「じゃあ、その貴方の目に私はどのように映っているのかしら?学園の成績が良かったから、というだけじゃないわよね?それだけじゃ、とても理由として納得出来るものではないわ。貴方もこの話を引き受けるという事がどういうことになるのか理解していないというわけではなさそうだし」

「はい。正直、今のリサ様に付くのは結構なリスクがあると考えております」

「具体的には?」

「今のリサ様にはどうしても悪評が付いて回ります。フィッツジェラルド家の令嬢という肩書がありますので、すぐに商人たちが手の平を返すようなことはございませんが、アルバート王子に――あ」

「……聞いたのは私なのだから、貴方がいちいち言葉を気にする必要はないわ」

「失礼いたしました。アルバート王子に婚約破棄され、辺境の地へと追放された魔女。領地経営の事など何一つ知らない素人領主。ようやく落ち着いてきた開拓地を台無しにするのは時間の問題。このような事が商人たちの間では噂されております……。あの、決して私自身が思っているわけではありませんので!」

「貴方がそう思っているのであれば、先の返事と合致しません。それで、そんな噂があるのに、貴方は私に付くというのね?」


 やっぱり世間はリサがアルカディアに追放されたと考えているんだ。

 子爵を叙爵して領地を賜ったという形をとっていても、それまでの流れを考えたらそう思われるのは仕方のないことだよね。

 実際その通りだけど、辺境のアルカディアを希望したのはリサ自身で、それはこれからの王国の未来を考えての判断。

 でもその為にはアルカディア領の発展という難関を突破することが出来れば、という条件が付く。それが出来なければ、やはり追放されて領地を台無しにした素人領主という汚名だけが残る。

 リサの計画は予想外の借金と横領によってスタートから躓いている。

 それをまずフラットな状態にする為には、どうあっても魔石の販売は成功させなければいけないのだ。

 それが第一歩。

 グレイはその期待に応えることの出来る回答を出すことが出来るだろうか。


「まず第一に、先ほども言いましたように、魔石の販売に携われるということ。これは私の今後の商人としてのキャリアにとって、これ以上ないほどの箔を付けることになります。

 第二に、そのことによって得ることの出来る報酬。魔石は現在のところロジェストの一人勝ち状態。そこに新たな競争相手として参入するのであれば、リサ様は私に対しての報酬も弾んでいただけるのではないでしょうか?行商人の私が取引を受け持つよりも、商会の肩書のある私の方が信用が大きいですからね」


 これには驚いた。

 グレイが信用に値する人物であった場合、私はアルカディアに店を構えさせるつもりでいたから。

 理由は今グレイが言った通り、「行商人グレイ」よりも、「グレイ商会会頭」の方が市場には信用があるのではないかと考えていたから。

 でも、そうなると――

「その通りです。あなたが引き受けてくれると言うのであれば、この地に店舗を構えるだけの資金を用立てるつもりでした。しかし、その場合はアルカディア子爵の名が後ろ盾になるということですよ?」

「第三に、私が得る最も大きな利益がそれなのです。私が得る最大の利益は、リサ=アルカディア子爵の後ろ盾を得られるということなのです」

「……先程までの話だと、私の名が付きまとう事はデメリットなのでしょう?それがどうしてあなたの利益になるのかしら?」


 これはちょっと分からない。

 世間の評判が著しく悪い私に付くことの代償として、断った場合は報酬を上乗せすることで説得するつもりだったのに。


「噂は噂でございます。それは決してその人の本質を現すものではございません。私の目には、リサ様はこれまで見た誰よりも才気溢れる方に映っております。今は実績が無い故に悪評が上回っておりますが、数年もすればそれが間違いであったと皆が気付くことでしょう。ですので今回の話は、私の将来にとって不利益のあるものではなく、むしろ私の方から是非ともリサ様の傘下に加えていただきたいと考えております」


 えっと……中身は普通のOLだった理沙ですけど?

 才気の欠片も無い、どこにでもいる平凡な(ここ大事)ですよ?

 人を見る目に自信があるって言ってたけど、リサのミステリアスな見た目の雰囲気に騙されてるだけじゃないかな?


「つまり、あなたは自分の勘に賭けると言っているのかしら?」


 グレイの言うとおり私はまだ何も成し遂げていない。

 ただ、リサが立てた計画をなぞっているだけの傀儡のようなもの。

 自分では領主何てやることの出来る才覚なんて微塵もない普通の人。

 なので彼の言う人を見る目というのは全く当てにならないものだということの証明になるのであった。――Q,E,D。


「話を持ち掛けていただいたのが他ならぬリサ様であるということ。そしてその場所が、の商人たちが敬遠している辺境のアルカディアであるということ。そして何より、リサ様のこれから歩むであろう覇道の最初に加われるだろうということ。まさに、天・地・人、全てが揃った今を好機と言わずして何と言いましょうか」


 はい?

 覇道って何?

 別に私はこの国を乗っ取ろうとか考えてるわけじゃないのよ?


「貴方……別に私はそのような大それた事を考えているわけではないわよ」

「ああ、これは少々私の物言いが大袈裟でした。しかし魔石の商売を始めるのは、何もただ領地の抱える借金を返済する為だけではないのでしょう?鉱山を発見したのであれば、借金を全て返した後も継続的に大きな利益がアルカディアに入ることになります。そうすればこの領も潤沢な資金を使って発展することになるでしょう。

 しかし、私はそれ自体が目的なのだとは思えないのです。偶然見つかった魔石の鉱山で儲けを出し、その金に物を言わせて領地を発展させた運の良かっただけの素人領主。リサ様が目指しているのはそんなちっぽけなものではないでしょう?

 これはこれから先の未来、もっと大きな目標の為の布石。だからこそ自ら進んでこの地に来られたのだと考えます。リサ様は最初からアルカディアの地で魔石が採れることに気付いていらっしゃったのでしょう?そうでなければ、赴任してからの短期間で鉱山が発見されることなどありえません」


 ……この人、本当に商人だよね?


 諸葛孔明の転生体とかじゃないよね?



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