第21話 即決

「……即答だけど、本当に引き受けてくれるの?」


 でも、こちらとしては断って欲しかった。

 引き受けると言うのであれば、今度はこちらが断る理由を考えないといけなくなる。

 そしてまた別の人を捜す手間が発生する……。でも、もうそんなに時間的な余裕は無い……。やっぱりビクトに頼むしかないのかなあ……。


「はい。魔石を扱うというのは、その流通ルートの少なさから、この国の商人の中でも限られた者しか扱えません。それが発掘した領地からの元卸しとなれば、それこそロジェストのスミス商会しかございません。それを私のような駆け出しの商人に任せていただけるというのであれば断る理由はございません」

「……断る理由は無い、と?」


 デメリットの事を考慮せずに目先の利益に飛びつくということでぉk?


「もちろんでございます。考え得る不利益よりも、私がこの事で得ることの出来る利益の方が計り知れないほど大きいのですから」

「……考え得る不利益。あなたが考える不利益よりも利益の方が大きいと?」


 いやいや、そんなことはないでしょ?

 どう考えてもあなたの将来にとって大きな十字架を背負うようなもんよ?


「いえ、これを不利益などというのは失礼だと承知しております。しかし私は世間で噂されている子爵様が本当の姿だとは思っておりません」

「……」


 まさか気付いているの?

 この一瞬の間に?


「私は行商を始めてから何度も王都を訪れました。その時に聞いた子爵様の印象は大きく分けて二通りございました。一つは……」


 そこまで言って口ごもるグレイ。


「構いません。続けなさい」

「――失礼いたしました。一つは黒髪の忌み子。王太子の婚約者であり、この国の未来に影を落とす傾国の魔女」


 リサが黒髪に起因した噂を気にしていたのは知っている。でも王都に住む人たちにもそう思われていたのね。

 華やかなゲームの中の世界しか知らない私には知りようもない現実。

 そしてリサの記憶の中にも無いという事は、周囲の者がリサの耳に入らないように気を配っていたのだろう。

 まあ、公爵家の令嬢と直接話すことが出来る市政の者がいるとは思えないし、学園の中には外の設定が影響されないんだと思う。

 だからこそキャラクター設定として黒髪のリサは不気味がられるということはあったけど、そのことで孤立するようなことはなく、公爵令嬢という立場もあったからなのか、周囲の人間がその事でリサを避けるようなことはなかった。

 そうなってたらゲームが進まないんだから仕方ないんだけどね。


「もう一つは、エルディン学園始まって以来の才女。フィッツジェラルド家の産んだ麒麟児」


 それはゲームの中でのリサの設定だ。

 勉強の成績は常に学年トップ。魔法の成績も学園内で1,2を争う程の腕前。

 黒髪と悪役令嬢っぽいふるまいがなければ、間違いなくヒロインポジションにいておかしくないハイスペック。

 でもそれが逆に本当のヒロインであるアリアナを引き立たせていたんだけど。


「あなたはその後者を信じて話を受けるということ?でも、どちらも所詮は噂に過ぎないわ。それに噂というのは悪いものほど信じられるものなのよ」

「それも理解しております。しかし、今目の前にいる子爵様を見て、噂が正しかったことを確信いたしました」

「それはやはり後者の、ということかしら。そして私を信用してもらえるということ?」

「はい。その通りでございます。子爵様は私の人生を賭けるに値するに有り余る方であると感じております」


 どういうこと?

 才女だなんだって話は、おそらくは学園から漏れ出した情報を聞きかじったくらいのことだと思う。

 だとしたら、大多数の人はリサのことをよく思っていないはず。

 そして直接目にしたら、ほとんどの人が噂通りの魔女だと思うんじゃない……か……あれ?そういえば、このアルカディアに来てからそんな風に見られたことないような……。

 ビクトや騎士たちはリサが主だからそんな素振りを見せないのかもしれないけど、視察で回った街や村の人たちも初めて見たはずなのに、特にリサの見た目を気にしている素振りはなかった……はず。

 ああ、鉱夫たちもそうだ。

 唯一シモーネだけが目の奥に怯えている様子を見せていたけど、あれは不正を見抜かれないか不安だったのからなのかもしれない。


 黒髪の噂。周囲の反応。

 噛み合わない。

 噂の規模と現実が噛み合っていない。


 アルカディアが王都から離れているからリサの事が伝わっていないのかと思っていたけど、そういう事じゃない。

 黒髪の伝承は古くから伝わっているんだから知らないはずがない。

 なら、噂を知らなかったとしても、誰一人としてリサを見て反応しないのはどう考えてもおかしいじゃない。


「子爵様?どうかされましたか?」


 そんなことを考えていてぼんやりしているように見えたのか、それとも自分の返答が間違っていたと思ったのか、グレイは不安そうな顔でこちらを見ていた……んだと思う。

 その顔、感情が本当に分かり辛いなあ!


「何でもないわ。ちょっと考え事をしていただけよ。それと、その子爵様っていうのは止めて。リサで良いわ」

「かしこまりましたリサ様」


 噂の事は一旦置いておいて、つまりグレイはリサを実際に見て、悪い方の噂が間違っていると思った。ということね。

 ……いや、全然意味が解らない。

 そんなことある?初対面の人をどうしてそこまで良いように捉えられるの?

 それか鑑定魔法とか使えるとか?

 ゲームの中には無かったけど。


「……理由を聞かせてもらえるかしら。どうしてそこまで私の事を信用出来るのか」

「あえて理由を言うのであれば――私の直感です」


 ただの勘かよ!

 いや、何かあるでしょ!?あなたの人生がかかってるのよ!?

 それを勘で決めるとか……。


「私はこう見えてこれまでに様々な人を見てきております。その中には善人に見える悪人も、悪人面した善人もおりました。相手を見誤れば大きな損失を被るような怪物の住む世界で生きてきたのです。ですので、これまで生き延びてきた私の人を見る目は確かだと自負しております」


 一応裏付けはあるんだ。

 いや、それでも一目で見抜けるものなの?


 まあ、中身は特に何のとりえも無かった理沙なんだから、その人を見る目が合ってるのかどうかは微妙なところだけども。



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