第20話 グレイ

 馬車に乗り込みランベルス村に向かった私とビクト。

 今回は急な出発だったということもあり、御者は当家が雇っている者。そして、ちょうど所要で外出していたレオルドも、いつも率先してついてくるジェームズもいない。

 その日が当番だった屋敷の警護を務めていた騎士の一人を護衛につけて、普段よりもだいぶ静かな移動となった。


 村に到着したのは陽が傾き始めた頃だった。

 この時間までグレイがいるのかという不安もあったが、ビクトが「彼は今晩ランベルス村に宿泊する予定です」と、すでに彼の行動予定までも調べ上げていた。

 有能すぎて逆に少し怖い……。

 伊達に公爵家の家令を務めていたわけではないということか。


 乗ってきた馬車を村の入り口付近に停め、私たちは歩いて村の中へと入っていく。

 村のどこにグレイがいるのかは分からないけど、何となくビクトが私を誘導するように迷いなく歩いていく。

 そして村の中央広場が視界に入り出すと、そこには村人たちが十人程集まっているのが見えた。

 多分あそこでグレイが露天を出しているんだと思う。

 どこにいるのかも調査済みなのね。


 すれ違う人たちが私に気付いて頭を下げている中、少しこそばゆい思いをしながら広場へと歩いていく。

 広場に着くと、集まっている人を避けるように回り込んで奥を見てみると、そこには木製の本棚のような棚や、地面に広げた大きな敷物の上に数々の商品が並んでいた。

 そしてそれらの品を村人に説明している青年。

 短く整えられた金髪の髪。

 切れ長というよりも漫画に出てくる糸目のような細い目。

 身長は私と同じくらいかな?体もかなりほっそりとしていて手足が長く見える。

 ずっと旅をしているから食生活がよくないのかもしれない。


 その様子を遠目で見ていた私たちに、買い物を終えてその場を離れようとした一人の女性が気付いた。

 彼女ははっとした顔をすると、その場で立ち止まって頭を下げる。

 それに気付いた他の人が、やはり私を見てはっとした顔で頭を下げ、その流れが徐々に伝播していくと、グレイもこちらを見て立ち上がって他の人に倣った。

 おそらくグレイは私が誰なのか気付いたのだろう。

 この世界では数少ない黒髪の少女。

 執事を連れ歩く様子。

 王都では知らぬ者がいない有名人。

 行商人であっても情報が命の商人に変わりないのだから、かのリサ=フィッツジェラルドがアルカディアの領主になったことは当然知っているはず。


 全員が頭を下げたまま微動だにせずにいる。

 立場はリサでも、中身は理沙。

 初対面の人に頭を下げられるのはどうにも慣れない。

 リサの記憶があるから表面上は対応出来るけど、心の中の理沙はおどおどしている。

 そういうものだと頭で理解していても、理沙の二十――げふん!げふん!年の人生の記憶までもは塗り替えられない。


 気付かれてしまったのでそれ以上観察を続けるわけにもいかず、ビクトと二人、みんなの集まっている場所へと向かった。


「皆さん、頭を上げてください。それ以上の礼は不要でお願いします」


 私がそう言うと、その場にいた人たちは隣の人をきょろきょろと見ながら頭を上げた。


「お騒がせして申し訳ありません。今日はそこの商人の方にお話があって参ったのです。私は皆さんの買い物が終わるまで待っていますので、お気になさらずに買い物を続けてください」


 自分で言っておいてなんだけど、領主がそんなことを言って、「はい、じゃあ待っててください」とはならない。

 当然のようにみんなは「もう終わりましたので」と言いながらその場を離れていってしまった。


「……悪いことをしたわね。もう少しタイミングを考えるべきだったわ。ごめんなさい」


 私はグレイにそう謝罪した。

 少なからず売り上げを損することになっただろうから、その辺の補填は考えないといけないかな?


「いえ、とんでもございません。私は明日もこの村で商売をする予定ですので、きっと明日来てくれると思います」


 グレイは特に気にする様子もなくそう言った。

 これは私を気遣っての言葉なのか、それとも本当にそう思ってなのかは分からない。

 細く閉じられたような目からは、そうした細かい感情を伺うことが出来なかった。


「それで私に話というのは?ご領主様自らお越しになられるということは、私を罰する為、というわけではなさそうですが」

「あら?何か罰せられるような心当たりがあるのかしら?」

「いえいえ、滅相もございません。私は常日頃から真っ当な商いを心掛けておりますので」

「冗談よ。今も言ったように、今日はあなたに話があって来ました。少しお時間頂いても?」

「ええと、この場を離れてというのであれば、商品を片付けるのに少々お時間をいただきたいのですが……」


 そう言ってグレイは露店に並べられた商品に視線を向ける。

 多分、向けたと思う。


「いえ、この場で良いわ。確かに人に聞かれるとマズイ話ではあるけれど、ちょうど周りに人がいなくなったことだしね」


 違う!人が居なくなったのは私が来たからだって!

 どうしてこんな言い方になるのかなあ……。


「……分かりました。それで話というのは?」


 こちらに視線を戻すと、それまで以上に背筋を伸ばし、真っすぐに私の方を見た……ような気がする。

 本当に目ある?ペンで書いてるだけじゃないよね?


 そして私は魔石の鉱山が発見された事、それを市場に卸すために商いに詳しい人を捜している事、当然その事によって彼にも十分な報酬が与えられることを伝えた。

 ただし、今後グレイが被るかもしれないデメリットの部分は伏せて。


 理想としてはそのデメリットに今気付いて断るような人物である事。

 次は、一旦話を持ち帰って後日断りを入れてくる事。

 ギリギリアウトなのは、持ち帰って考えた上で引き受ける事。

 完全にアウトなのは、今この場で何も考えずに引き受ける事。


 人手は欲しいが、出来るなら有能な人物が良い。

 特に今回のような重要な案件を任せるには、思慮深く、相手が貴族であっても自分の意見をきちんと伝えられるくらいの胆力がある人でなければいけない。

 果たして彼はどれに当てはまるのか……。

 


「分かりました。そのお話、よろこんでお引き受けいたします」


 はいアウトー。


 完全にアウトー。


 隣でビクトが手で顔を覆うのが視界の端に見えた。



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