第19話 行商人
魔石が発掘されてから三日。
私はまだ魔石販売を任せる担当者を選びかねていた。
そもそもそちらへ回すほどの手札を持ちあわせておらず、最悪の場合はビクトに交渉を担当してもらうしかない。
リサの予定ではアルカディアに出入りしている商人の中から選ぶつもりだったのだけれど、その全てから多額の借金をしているのだから頼むのは論外。
ビクトに任せれば上手くやってくれるとは思うけど、彼が長期間に渡って領地を離れて活動するとなると、唯一の相談相手を失う私にとってはかなりの痛手となりそう。
私はそうした場合のリスクとリターンについて考えながらの昼食だったため、食事の味も何を食べたかも覚えていなかった。
作ってくれたルイスに申し訳ないと思いながら席を立つ。
「お嬢様。少々よろしいでしょうか」
「何かしら?」
するとそれを待っていたかのようにビクトが話しかけてきた。
「一つご報告がございまして。現在ランベルス村に行商人が来ております」
「行商人?」
行商人とは一般的には店舗を構えずに街から街へ、村から村へと自ら馬車などで商品を運んで販売することを
私たちが借金をしている商人たちと比べると格が低いと言われており、一度に運べる量にも限界がある為、品数や売り上げも少ない。
中には言葉巧みに粗悪品を高値で売りつけて少しでも利益を上げようとするあくどい者もいるらしい。
ただこの世界では、こうした下積みによって資金を貯めた後に自分の店を構えるというのが当たり前のようだ。
まあ、人を使って行商をしている大商人もいるので、一概に行商人全てがそうというわけではないらしいけど。
で、その行商人が何か?
「どうやらその者はヘンジストンに居を構えており、王都から西側領地を中心に行商を行っているとのこと。
名前はグレイ。歳は今年で二十六。
二十歳の頃より一人で行商を行っており、このアルカディアにも2年前から定期的に回って来ているようで、訪れた先の村の者からの評判も良好。取り扱っている商品も粗悪品などの類は一切なく、遠方の地まで来ていることを考えれば良心的な価格のようでございます」
よく調べているなあ。
ん?いや、よく調べ過ぎてない?
今来てる行商人のことにしては……。
「ああ、そういうことね」
「はい。いかがでしょうか?」
ビクトは前からこのグレイとかいう行商人の事を知っていたのね。
おそらくは私から魔石の販売を始める話を聞いた時点で、その交渉に使える者が身内にいないことに気付いていた。
だからそれに相応しいものがいないか調べさせたのね。
「あなたが私にそう言ってくるということは、その者の商いの能力的な部分については申し分ないのでしょう?
それに話に聞く分だと誠実な人柄のように思えるわね。あと年齢的にも若いし、行商を主に行っているということはどこかの貴族のお抱えという事でもなさそう。今後の事を考えれば妥当な人選だと思うわ。問題は――うちに引き込めるかどうか、ということね」
「魔石の販売に関わることが出来れば、当然あの者にも多額の報酬が入ることになります。将来的に店を構えるという希望があるなら引き受けてくれるのではないでしょうか?」
「もちろん引き受けてくれるなら報酬は弾むわ。私が憂慮しているのは、流通元がアルカディアだとバラした後の事。そうなってしまうと彼は対外的にアルカディアの抱える商人だと認知されてしまう。婚約破棄されて追放された悪役令嬢の治める貧乏領地のお抱えだと思われてしまうわ」
「お嬢様は決して悪役令嬢などでは――」
「いいえ、世間的にはそう思われているわ。王子の婚約者でありながら悪質な嫌がらせをする破綻した人格者。その結果他の女に婚約者を奪われたみじめな令嬢。形だけの子爵で、領地経営の知識も経験も無い無力な領主。それが今の私の評判でしょう?あなたが知らないはずないわ」
「いえ、その……」
「どうも領内の人たちはその噂を知らないようだけれど、情報が命の商人たちなら知っていて当然。だからそんな人と関りがあると思われてしまうと彼の将来にとって良くないと思うの。
商人というのは横の繋がり無くして商いが出来る程甘い世界じゃないはず。彼がその事を考えた場合、私だったら目先の大金よりは将来のことを考えて断るでしょうね」
「それはそうでございますが……あ、いえ!そういう意味では――」
「もし交渉して彼がその事に気付いて断った場合、それはそれで失うには惜しい人物だし、二つ返事で了解した場合は逆に思慮に欠けた人物ということで今回の役目には相応しくない。ジレンマね」
「難しいですな……」
「いいわ、私が直接会って話をしてみます」
ここでああだこうだ考えていても仕方ないしね。
どんな人物か見定める為にも直接会うしかないでしょ。
もし彼がそこまで思慮深い人物なんだったら、彼には悪いけど、どうあってもうちに引き込ませてもらうわ。
アルカディアの将来の事を考えた時に、彼はきっと重要なピースになる。
そんな気がしていた。
「では使いの者を送って屋敷に来るように伝えましょう」
「いいえ。私の方から向かいます」
「それは……お嬢様は子爵でございます。それが自ら商人の元に向かうというのは……」
「今の私は子爵の肩書くらいでは行商人一人味方に出来ないの。今話したでしょう?それなら少しでもこちらの誠意を示すしかないわ。私たちが今出来ることは全てやるのよ」
「そこまでの覚悟をお持ちということは――」
「ええ。何としてもグレイを取りにいくわ。まあ、考えが及ばないようならいらないけども」
私には無駄に出来る時間も資金もない。
リサが立てた計画を実行する為に、少しでも効率よく進めていく必要がある。
領地を立て直し力を蓄える。
今はその一歩目なのだから、こんなところで足踏みしていては先が思いやられるというものだ。
だから――願わくばグレイが理想に足る人物でありますように。
そう心から願うのだ。
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