第2話 攻略隊
「ルートG-223はアルバートエンド8でした、と」
私はメモを見ながらそこの掲示板にそう書きこんだ。
現在私が受け持っているルートはGルートの200から300。
管理人が選択肢の組み合わせをルート分けしたものをプリントアウトし、それを順番になぞっていくという単純なだけに苦痛すら伴う作業だ。
それでも誰も脱落することなく攻略を続けているのには理由がある。
すでに解明されているエンディングの種類は99。
あと一つで全てのエンディングルートが明らかになるところまできているのだ。
そしてメーカーが公式発表している重大事項。
真のエンディングは一つしかないということ。
その残されたエンディングこそが真のハッピーエンドなのではないのか?と。
実はこのゲームには深い闇があった。先ほどもグッドエンディングのようなエンディング画面を迎えはしたのだが……。
私はゲーム画面の方を振り向く。
ウエディングシーンだった画面はすでに切り替わっており、そこには荒廃したヴァルハラの王都エルディンの姿が映し出されていた。
「アルバートエンド8だから侵略ね」
エンディングから10年後、ヴァルハラ王国は他国からの軍事侵攻を受けて滅亡する。
これだけではない。
内乱、暗殺、疫病、干害、
様々な理由によって10年後にヴァルハラ王国は滅亡するというエピローグが用意されていた。
果たしてこのエピローグを見てハッピーエンドだと思う人がいるだろうか。
幸せなエンディングからの悲劇的な結末。
主人公のアリアナや攻略したキャラに思い入れが強い人ほど精神的なダメージは大きいだろう。
そしてそのことから、キミツグは恋愛ゲーム史上、最大、最高、最鬱ゲームとしてもその名を発売一か月にして乙女ゲーム界に黒歴史として刻むこととなった。
例えそれが各キャラの真のグッドエンディングだったとしても同様の鬱エピローグとなる。
そして未だ発見されない最後のエンディングルート。
この鬱さ加減に耐えられない人たちがそこにハッピーエンドの希望を持つのも仕方がないことだと言えるだろう。
――ピピピピピ
ベッド脇に置いてあった目覚まし時計が起床時間を告げる。
「しまった……完徹しちゃった……」
最低でも二時間は寝るつもりだったのに、今回のルートのテキスト量が多すぎたせいで朝になってしまった。
「今日の仕事大丈夫かな……。昼休みに仮眠取ったら起きられないだろうなあ……」
一瞬仮病を使うかという悪い考えが頭に浮かんだが、私の分の負担が同僚たちに回ることを考えると実行する勇気は出なかった。
こんな勇気は無い方が良いよね。
目覚ましを止め、とりあえず顔を洗って朝食の準備をしようと立ち上がる。
「――あ」
立ち上がった瞬間に目の前の景色がぐにゃりと歪む。
全身の感覚が無くなり、身体が崩れるように倒れていく。
あ、これ駄目なやつだ。
ばったりと床に倒れ込んだ私が最後に思ったのは、「会社に休むって連絡入れなきゃ」だった。
えっと、あのまま私は部屋で倒れて……目が覚めたらここにいる、と。
ああ、やっぱり夢か。
良かった。あのまま死んじゃったのかと思った。
でも夢を見てるし、意識もある。つまり私はまだ生きてる!
生きてるって素晴らしい!!
「リサお嬢様?どうかされましたか?馬車の中で急に立ち上がると危ないですぞ」
「え、ああすいません。つい――」
ん?どうして私が理沙だって名前なのを知ってるの?
「すいません?言葉遣いも何やら……まだ寝ぼけていらっしゃいますか?」
「言葉遣い?ええと、一応敬語のつもり――痛っ!!」
その時、馬車の車輪が何かに乗り上げたのか、乗っていた客車が大きく揺れ、無防備に立っていた私の頭は壁に結構な勢いで打ちつけられた。
「ああ!大丈夫でございますか!」
お爺さん執事が慌てて立ち上がり、頭を抱えてうずくまる私に寄り添ってくる。
「……大丈夫です……多分」
人は簡単に大丈夫と言いがちだと思う。
目の前がチカチカするくらい痛いのに、私の口から出たのは大丈夫という言葉。
生きてるって素晴らしいとは思うけど、痛いときは痛いとちゃんと言える人間に私はなりたい!と、思いました。
……痛い?
しかもめちゃめちゃ痛い……。
夢、なんだよね?
醒めないの?この夢。
まさか……現実なんてことは……。
そこでようやく私は自分の着ている服の袖が目に入った。
シルクのような素材で出来た質の良さそうな漆黒の袖。
ゆっくりと視線を自分の身体の方へと向ける。
膝元も同じような黒。その裾は足首辺りまで続いている。腰の辺りは少し絞られており、シルバー装飾の施されたベルトが巻かれている。そして上半身にも黒の布は繋がっていた。これは黒のワンピース?夏用のドレス?友達の結婚式用にドレスは持っているけど、こんな色のドレスは持っていないし着たこともない。
「あ、あの!鏡とかってないですか!」
お爺さん執事は私の大声に驚いたようにのけ反った。
「え、ええと、もちろんございますが……お嬢様、本当に大丈夫でございますか?」
私に戸惑うような視線を向けながら、お爺さん執事は座席に置いてあった旅行鞄を開けて中から手鏡を取り出して差し出してくれた。
「リ、リサお嬢様!?」
その日一番の戸惑いを見せるお爺さん執事。
それほどまでに鏡を見た時の私の表情は酷かったのだと思う。
鏡に映っていたのは、徹夜明けの疲れた顔をしたアラサー女子ではなく、黒髪前髪パッツンの目つきの悪い少女の姿だった。
そういえば……さっきから私のことをリサって呼んでるよね……。
もしかして――理沙じゃなくて、そっちのリサ!?
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