第3話 物語の舞台裏

 リサ=フィッツジェラルドはキミツグに出てくるメインキャラクターの一人で、いわゆる悪役令嬢と呼ばれる存在だ。

 元々黒髪という、この国では昔から忌避されている髪色のせいで不気味がられていたリサは、王子を誑かし、王妃の座に就いては国を私物化しようとしている「傾国の魔女」だと噂されていた。


 突如現れたヒロインのアリアナと急接近していく婚約者のアルバート。

 リサは二人の仲を引き裂くべく暗躍する。

 口数の少ないリサはその見た目の印象も重なり、アリアナを無言で見下す様に睨みつけるシーンの迫力は憎らしさ以上に恐怖を感じさせるものだった。

 しかし悪事は長く続くことは無く、結果的にアルバートたちによって罪を暴かれ、最終的な断罪シーンへと繋がっていくことになる。


 そして無事にリサという障害を排除した主人公がお目当てのキャラとハッピーエンドを迎えるということになるのだが、本編においてリサのその後については一切触れられていない。

 正直ザマァが成った時点でリサに対する興味は無くなっているわけだし、ユーザーがこの先に望むのは主人公たちの輝かしい未来なのだから。


 しかし私だけは少々違っていた。

 私の名前は風祭かざまつり理沙りさ

 同じリサの名を持つ悪役令嬢に対しての愛着が全くないはずもなく、もしかしたらリサエンドが存在するのではないかと考えていた。

 まあ、そんなのは無いのだとすぐに判明するのだけれど。


 というわけで、本編で重要なキャラクターでありながら、用が済んだ途端に存在を消されてしまう悲劇のキャラクターだった。


「私が……リサ?どうして……」

「お嬢様?」

「夢じゃ……ないの?そんな……」


 これはもしかして異世界転生というやつ?

 異世界?キミツグの世界だからゲーム内への転移?

 いやいや、どっちにしてもそんな馬鹿な事があるはず――


 その時軽い眩暈を覚えた。

 そして針で刺されたような頭痛が襲ってくる。

 持っていた手鏡は床に落ち、私は両手で頭を抱えて座席に倒れ込んだ。


「お嬢様!どうされたのですか!お嬢様!」


 お爺さん執事の声が徐々に遠くなっていく。

 私の身体を支えていた座席が突然無くなり、全身が宙に浮いたような感覚に見舞われる。

 でも落下していくような感じはしない。ただその場に浮かんでいるような不思議な感覚。

 激しい頭痛は治まってきているが、代わりにぼわんぼわんとした波紋のようなものが頭の中で反響している。


 目の前に眩しい光が現れる。

 目を瞑って暗闇の中にいる私に出口を示す様な強い光。

 そして私の意識だけがその光の中に引き寄せられていった。




「リサよ。此度の件、少々やり方を焦りすぎたようだな」


 黒髪を短くまとめた中年の男性が私に向かってそう言った。


「仕方ありません。今回は時間がありませんでしたから。多少強引な手段を用いてでも排除しなければならなかったのです」


 私の口から意識しない台詞が飛び出す。

 この声はゲームの中で繰り返し聞いたことのあるリサの声だ。

 まるでリサ視点で映像を見ているような不思議な感覚。


 私の向かいに座っている男性はマイヤー=フィッツジェラルド公爵。つまりリサの父親であり、二人のいるこの場所はその公爵邸の一室である。

 と、何故か初めて見る人や場所なのに理解出来た。


「アリアナ嬢は世間では聖女と謳われていますが、彼女こそが男を狂わせる毒婦であることは明白。出会う男性を片っ端から魅了し、如何なる悪評を流したところで効果がないほどの盲目的な愛を向けさせる魔女です。

 しかも本人にはその自覚が全くない。そのような者が国の将来を担うべく人たちと結ばれることは決してヴァルハラ王国の為にはならないのです。いずれ必ずやこの国にとっての癌となることでしょう。それゆえに一刻も早いご退席を願ったのですが……今考えると私も何らかの影響を受けていたのかもしれません。もっと良い方法がいくらでもあったのに、どうしてあれほど功を焦ったのかと思います」


 本編では聞いたこともないようなリサの長台詞。

 そして明かされるリサの本心。

 彼女は嫉妬心からアリアナに嫌がらせをしていたのではなく、そのヒロイン体質を見破って、心から国の未来を憂いでの行動だったのだと。


 しかし彼女の想いが報われることは決してなかったはずだ。

 バッドエンドならまだしも、ほとんどのエンディングはリサの断罪を経て訪れるようシナリオが書かれているのだから。彼女がどのような計画を立てたとしても、ゲームシナリオの強制力によって決して成功することは無いだろう。

 そしてそんなリサの予想は10年後に的中することになる。


 私にはそれがアリアナの責任なのかどうかは分からない。

 疫病や天変地異は不運なものだろうし、アルバートとアリアナが結ばれたからといって他国が攻め込んでくるというのも理解出来ない。

 ただ、ゲームのシナリオ的には、アリアナが誰かと結ばれた末に必ず王国は滅亡することになる。

 もしアルバートとリサが結ばれていたとしたら、この悲劇的な結末は回避することが出来たのだろうか?

 もしかしたら、残された最後の真のエンディングとはそのことなのではないだろうか?

 そんな考えが頭をよぎったが、今の私にはそれを確かめる術はなかった。


「ふむ。確かに前に一度見たあの令嬢からは不思議な気配を感じておった。お前ほど深刻にとらえてはおらんかったが、一応陛下にも殿下が婚約者以外の令嬢と親密な関係にならぬようにと釘を刺しておいたのだが……」

「陛下もアリアナ嬢の事を酷く気に入っておられるご様子でしたから」

「それも今となってはおかしなことよ。婚約者や、その父の前でその気持ちを隠そうともせぬのだからな」

「特に魔法を使っている様子もありませんでしたし、あれはアリアナ嬢が生まれもって授けられた力なのでしょうね」

「当の本人は全くの無害な人格というのが逆に恐ろしいな」

「世間知らずで無垢な無知。もしかしたらそこが殿方を引き付ける魅力なのかもしれませんね」

「ふん。そんな好奇心のようなもので王妃などという国の重要なポストに就かれては、この先本当に国が亡ぶわ」

「無知な王女に、その妻を溺愛する国王。まるで喜劇のようですわね」

「王国にとっては悲劇だがな。これから先、そのような者たちを補佐していかねばならないとは……今から頭が痛い。せめてお前が婿を取って私の後を継いでくれれば良いのだが……」

「それはすでに不可能となりました。今は別の方法を考える時です」

「それは分かっておる。分かってはおるのだが……お前を失うのは惜しすぎるのだよ」

「女である私をそこまで買ってくださるお父様のお気持ちはとても嬉しく思います。しかしこれから彼らを一番近くで見張っていられるのはお父様しかおられません。それにこの国の危機は他にもございますので」

「……そうだな。今の国の状況は決して気の抜ける状況ではないからな」

「私も出来る限りのことをするつもりです。今のままの状況が続けば、おそらく10年もせぬうちにこの国の土台は傾くことになるでしょう。それまでに出来得る限りのことを」

「ああ、のちのち後悔せぬようにやれることは全てやらねばならん。だが、リサよ。決して命を粗末にするでないぞ。例え国が滅びようと、お前だけは生き延びるのだ。良いな?」

「……私にとって人生最大の幸運は、お父様のような方の理解を得ることが出来た事ですわ。その言葉、確かに承りました。しかし私に何があってもお父様は動ないように。それはこの国でのお父様のお立場を悪くいたします。

 これからお父様と私は他家の関係。王子にうとまれて追放された私に手を貸すことは王家と公爵家の関係を悪化されかねません。そうなればこの国の滅亡への砂時計の進みを加速させることになるでしょう。

 ですからお父様はあくまでも王家側のお立場を貫いてくださいまし。それがこの国を護ることになりますので。

 最後に、これまで育てていただきありがとうございました。このような不肖の娘を愛してくださり、心から感謝申し上げます」


 その言葉を聞いた公爵はまるで今生の別れのような寂し気な表情をしていた。


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