エンディングから始まる令嬢転生~エピローグへと続く悪役令嬢no救国計画~
八月 猫
第1章 転生先は断罪済みの悪役令嬢
第1話 転生先は断罪済みの悪役令嬢
リズムよく身体に伝わってくる軽い振動が心地いい。
深い眠りから意識を取り戻した私が最初に感じたのがそれだった。
ゆっくりと目を開く。
誰?
目の前には綺麗な白髪をオールバックに整えた品の良さそうなお爺さんが座っていた。
銀縁の丸眼鏡に、漫画に出てきそうなパリッとした黒のタキシード風の執事服を着たお爺さんが、背筋を真っすぐに伸ばした姿勢で座って私の方を見ている。
「お目覚めになられましたか。お嬢様」
丸眼鏡の奥に見える皺の入った目尻を下げながら、人の好さそうな笑顔で微笑むお爺さん執事。
お嬢様?どこに?
「もうじきアルカディア領に到着いたします」
アルカディア領?それどこよ?
でも、お爺さんはどう見ても私に対して言っているような……。
夢?
それとも新しいコンカフェに来て寝落ちしてた?
そんな覚えは無いけど……。
視線だけを動かして周囲を見回す。
こじんまりとした空間。
左右にはガラス窓のついた扉があり、向かい合うようにして赤いソファー。
隣には誰も座っていなくて、対面にお爺さん執事がいるだけ。
窓の外は農村地のようなのどかな風景が流れており、身体に伝わってくる振動からすると、どうやらここは馬車の客車の中のような気がする。
いやいや、馬車て。
それに執事て。
いつの時代のお嬢様よ。
そもそも私はどうしてこんなとこにいるのか。
最後の記憶は確か――
「リサ=フィッツジェラルド!今をもって貴様との婚約は解消させてもらうぞ!」
エルディン学園の卒業記念パーティー会場。
多くの人たちを前に、サラサラのブロンドヘアーを揺らしながらイケメンが叫ぶ。
彼はヴァルハラ王国第一王子にして皇太子の地位にあるアルバート王子。
王子の左右を固めるように側近の友人が並び、王子に肩を抱かれるようにして金髪縦巻きロールの美少女が立っている。
少女の名はアリアナ=マウントバッテン。
元は孤児であったが、ある日
そして学園在学中にさまざまな試練を乗り越えたことでその力は更に開花し、現在では『慈愛の聖女』の二つ名を持つに至った。
「……婚約解消の理由をお聞かせくださいますか」
突然王子から婚約破棄を告げられた少女が言う。
リサ=フィッツジェラルド。
ヴァルハラ王国フィッツジェラルド公爵家の長女であり、つい先ほどまでアルバートの婚約者の地位にあった少女。
眉と肩の上辺りでぱっつんに整えられた艶のある黒髪。
細長でややツリ上がった鋭い瞳が真っすぐに王子に向けられている。
観衆の前で婚約破棄を告げられた少女とは思えない落ち着きと貫禄。
まるでこうなることを最初から知っていたかのように粛々と対応しているように思える。
「理由だと?そんなことは貴様が一番分かっているのではないか?それともまさか私が貴様の奸計に気付かぬほど愚かな男だと侮っておったのか!」
アルバートは激昂し叫んだ。
「リサ。お前がアリアナ嬢に対して行ってきた嫌がらせの数々、我々は全てお見通しなのですよ」
アルバートの興奮をなだめるように、彼の隣に立っていたイケメンが口を挟んでくる。
ハワード=キャヴェンディッシュ。
キャヴェンディッシュ侯爵家の長男にして、現宰相である父親の後を継ぎ、次代の宰相間違いなしと謳われる秀才。
たとえ侯爵家の嫡男であっても、家格が上である公爵家の娘に対して言って良い物言いではないのだが、自分には次期国王になるであろうアルバートが付いているという余裕があり、何よりも疑う余地のない正義があるという自負があった。
ハワードの言葉にアルバートや他の仲間たちもリサへ敵意丸出しの視線を浴びせる。
「……そこまで調べていて、その上での貴方の答えがそれなのですね」
リサはアルバートを真っすぐに見つめてそう返した。
その瞳には深い哀しみの色が浮かんでいた。
『輝きの王国~君と
通称「キミツグ」と呼ばれる、先月発売された乙女ゲームである。
ありがちな設定に登場人物、そこにありがちな展開が詰め込まれた乙女ゲームのテンプレ大集合といった目新しさを感じないゲーム。
主人公であるアリアナが、エルディン学園を舞台に眉目秀麗な攻略対象との恋を紡いでいく恋愛シュミレーションゲームだ。
しかし、このゲームは発売前から多くの話題を集めており、発売と同時に同ジャンル史上最大の売り上げを記録することになる。
製作陣、声優陣共に業界の有名人を終結させたようなキャスティング。
広辞苑に匹敵するという噂まで流れている膨大なシナリオ量。
超高美麗なグラフィックだけでなく、あちこちに贅沢に使われているアニメーション。
そして用意されているエンディングの種類はグッド、バッド合わせて100種類。
いったいどれだけの時間と予算をかければ実現出来るのかと気が遠くなるほどのボリュームの作品だった。
元々乙女ゲームフリークの私は予約開始と同時に初回限定版を予約し、発売日には有休を取って日付の変わる前から店の前に並んで手に入れた。
そしてそれからは仕事以外のほとんどの時間をキミツグのプレイにつぎ込んだ。
一日の平均睡眠時間は二時間ほどだろうか。
それでよく一か月も身体がもったものだと丈夫な身体に産んでくれた両親に感謝した。
まあ、親もこんなことの為に丈夫に産んだつもりはないだろうけど。
そして発売から一か月。
ネットの攻略サイトでは各エンディングへの攻略ルートが次々と掲載されている。
攻略対象キャラは隠しキャラを含めて七人。
途中の選択肢の組み合わせによって到達するエンディングではあったが、計算上考えられる選択肢の組み合わせは14,348,907通りと膨大な量になっている。
エンディングの種類が100種類なので、当然その多くは重複しているが、それぞれのキャラの真のグッドエンディングへ繋がっている組み合わせは実は一つしかないという鬼畜な仕様。
当然一人でその全てを網羅しようとすると何年かかるか見当もつかないので、こういった攻略サイトが有志を集ってルート潰しを率先して行っているのだ。
そしてかく言う私もその有志の一人である。
教会の前で幸せそうに見つめ合うアルバートとアリアナ。
純白のウエディングドレスに身を包んだアリアナの姿はまさに聖女の名に相応しい美しさだ。
画面が暗転し、画面の下からゆっくりとスタッフロールが流れてくる。
その背後ではこれまでのイベントシーンが浮かんでは消え、二人が愛を育んだ軌跡が映し出される。
最後にメーカー名が流れ切ると、先ほどのウエディングシーンが画面全体に映し出され、その右下に「アルバートエンド 8」の文字が書かれていた。
「あーあ。やっぱりここになるかあー」
その画面を見て私は落胆の声を上げる。
途中から何となくこのエンディングになるんじゃないかとは思っていた。
私は傍らに置いていたメモを手に取りパソコンのある机に向かう。
そしてキミツグ攻略サイト「君と
そこにある攻略隊有志の特設ページへログインした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます