第10話 コナンの街
車窓から街の様子を伺う。
石造りの建物が建ち並び、それなりの人の往来があった。
主に野菜や果物などの農作物を売っている露店がちらほらと見受けられ、宿屋や飲食店、衣服類や装飾関係の店舗も見受けられた。目につくような大きさのゴミも落ちておらず、街の中には清潔感すら感じられる。
思っていたよりもちゃんとした街みたいで良かった。
戸籍上のアルカディア全体の人口は約26000人。
これはエルデナード地方にある領地の中で圧倒的に一番少ない。
次に少ないティルナ領でも12万人ほど住んでいるとのことなので、その差はかなり大きい。
でも十年前に千人から始めた開拓地であることを考えれば、この増加率は結構凄いのでは?と思ってしまうんだけど――どうなんだろ?
人々の顔にも特に陰鬱な雰囲気は無く、むしろ生き生きとしているようにすら感じる。
あんなに借金がある赤字領地に住んでいる人たちとは全然思えない。
と、そんなことを考えていると、ふと疑問が浮かんできた。
いや、疑問というか、どうして確認していなかったのだろうという自分への情けなさのような感情。
確かにアルカディアには莫大な借金がある。
でもその責を負っているのはあくまでも領主である私だ。
領民は皆定められた税をきちんと納めているのだから借金などない。それは当然のこと。
本来であればその返済に充てる為に増税を行う。そしてその負担は領民たちの生活を苦しめるはずだ。
しかしこの街を見る限りそんな様子は見受けられない。
裕福とはいえないこのアルカディアにおいてそんなことがあるはずがない。
つまり――税率がおかしいのだ。
一般的に領地の税率はそこを治める領主が決めることになる。
国としては定められた額を治めてくれれば良いわけで、年によって収穫量に差がある以上、その税率の判断は各領主に任せるのが一番良い。
通常は収入の約5、6割が税金として定められている。日本の常識からするととんでもないと思えるが、酷いところだと7割という領地もあるそうだ。
じゃあこのアルカディアは?
現金収入が少なく、現物納税が中心のこの土地では?
昨日見た資料に納税された作物の量も記されていたけど、それを全体の収穫量に対して一体いくらで見積もってのものなのかまでは分からなかった。
私もビクトも、その後取引された収支の異常性に気を取られていて、そのことに気を回す余裕が無かったのだ。
「ねえレオルド。あなた、このアルカディアの税率がいくらか知ってる?」
「え?」
そんな質問をまさか領主から尋ねられるとは思っていなかったのだろう。レオルドは一瞬驚いた顔をした後、少し考えてから申し訳そうな顔をして俯いてしまった。
「……申し訳ありません。不勉強でした」
「いえ違うのよ。あなたを試そうとしたとかじゃないの。私も昨日着いたばかりで分かってないの。だからあなたが知らないかと思って聞いただけだから」
「そう、なのですか?」
「ええ。本当ならここに来る前に知っておかなければいけないことなのにね。不勉強なのは私の方だわ」
「そんなことはありません!リサ様は誰よりも多くのことを学ぼうと努力されておられます!」
真剣な顔になり声を上げるレオルド。
フィッツジェラルド家の使用人の息子として産まれた彼は、二つ年上のリサとは幼い頃から知己がある。
主人の娘と使用人の息子である以上、世間的にいう幼馴染という間柄ではなかったが、共に歳を重ねることで互いに気心を知る関係になっていた。
リサにしてみれば弟のような、他の使用人よりも近い距離感にある。そんな彼の忠誠心とも思える言葉が嬉しかった。
「あ、そうだ!少々お待ちください」
何かを思いついたらしいレオルドは、すっと立ち上がると御者席に座る男性の方へと振り返る。
「ナダルさん、すいませんが少し良いでしょうか?」
運転手のおじさんはナダルっていうのか。
ジェームズが急いで馬車に乗せようとするから名前を聞くのを忘れてた。
「はい?何でしょうか?止めますか?」
「いえ、前を見て運転しながらで結構です。簡単な質問をさせていただきたいだけなので。ナダルさんはランペルス村の方ですよね?」
「ええ、そうです。普段は農家をやってますよ」
何故今は御者を?
副業なの?
「お聞きしたいのは税金のことなんですけど、昨年の税率は如何程だったか教えていただけませんか?」
「税金ですか?私は最初の開拓民としてここに来ましたけど、それからずっと変わってないですよ。収入の3割です」
おーまいがー。
めっちゃ低かった。
「最初の二年くらいは免税されるって聞いてたんですけど、それ以降も全く変更されてないですね。いやあ、苦労しましたけど、今はどこよりも住みやすいと思ってますよ」
そりゃそうでしょ。
他の領地で税率が5割だとして、個人の年収が100万クルゼだと仮定する。
すると残りは50万クルゼ。
アルカディアの平均年収は他の領地の七割程度なので70万クルゼ計算。
そして税率が3割だと引かれる額は21万クルゼ。
残りは49万クルゼ。
結果、他の領地に住む人とほとんど変わらない額が手元に残る計算になる。
収入の個人差はあるだろうけど、そもそもの税率が3割というだけで精神的な負担が違うはず。
これはわざと上げずに民衆の生活を守っていたとかではなく、単純にルイスが税率に関してほったらかしにしていただけだろう。
間違いなく不正を行っていた黒幕はこの事に気付いていただろうけど、税収を変更出来るのは領主のみ。税率を上げてまで借金返済をしないといけないことが知られと不正がバレる可能性がある。いや、むしろ民衆の生活が圧迫されていない方が横領しやすかったんだろう。
だからそいつはルイスに助言することなくここまでやり過ごしてきた。
ただ一つ不思議なのは父親であるダウントン侯爵がこのことに気付かなかったのか?という点。
いくら息子の経験値の為とはいえ、エルデナード全域を預かる立場である以上は、その動向を気にかけていたはず。ここまで借金がかさむ前に気付いていて然るべきじゃないんだろうか?
まさか――侯爵が不正の黒幕?
それは考える限りにおいて最悪の答えなんだけど……。
でも、一番簡単に不正を行える人物だというのも間違いなかった。
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