第11話 ボンクラ息子

 流石に領地全てを一日で見て回ることは出来ないので、この日は御者を務めてくれたナダルさんの住むランベルス村の訪問を終えたところで帰路に着いた。


 ランベルス村で驚いたのは、到着前から村の前に多くの人たちが集合していたこと。

 そして私が到着すると全員が一斉に頭を下げて出迎えてきたことだった。

 確かに今日ランベルス村に行くことは伝達しておいたけれど、いつ到着するかまでは分からない。なので代表で挨拶にきた村長のマダルさんにいつから待っていたのかを聞いたところ、当たり前のように朝一から全員でお待ちしておりましたとの返答。

 さすがにこれには呆れてしまい、みんなも仕事があるだろうからそこまでする必要は無いと告げると、前領主のルイスの時は村人全員で必ずそうするようにとの御触れがあったという。

 ルイスがとことんボンクラなバカ息子であることを再認識した私は、今後はその必要のないことを村長に告げ、集まってくれていた人たちをその場で解散させた。


 村長にみんなの暮らしぶりを聞き、何か不満などがないかを確認したが、特に不満という不満は上がって来ず、この村での暮らしに満足しているとのことだった。


 ただ、このマダルという村長はその見た目からして頑固そうな印象を受けていたが、話してみると意外と砕けた性格の人物で、やはりルイスの命令に対して不満を持っていたらしく、これで村の作業もはかどりますと感謝された。

 どうもルイスは毎週毎に各村を回っていたらしく、滞在中も村人の外出を禁じており、彼らが引き上げる時は再び全員で見送らせるというルールだったらしい。

 本当にアホなの?

 それとも貴族とはそういうものだと馬鹿な教育係から習ったの?

 まさか、エルデナードではそれが普通だったり……。


 余所は余所!

 うちはうち!

 鬼は外!福は内!

 私は帰ったらすぐにでも各村に私への出迎えは不要という通知を出さないといけないと強く思った。



 屋敷に戻る事にはすっかり陽は傾いていた。

 出迎えに出てきたビクトに後で部屋に来るように声をかけ、護衛を務めてくれていたジェームズにはウィリアムへの今日の報告と、明日からの事務作業の手伝いを再度言いつけた。

 大きな身体が縮んでいくように項垂れる姿は少し可愛いね。


 自室に戻り部屋着に着替える。

 するとそれを待っていたかのように部屋のドアがノックされる。


「お嬢様。よろしいでしょうか」

「入りなさい」


 ドアが開かれ、ビクトがいつも通りの仰々しい礼をしてから入ってくる。


 私は税率のことや、コナンの街やランベルス村で感じたことを簡潔に伝える。

 今の私にとってビクトは執事というだけでなく、こういうことを話すことの出来る唯一の相談相手でもあった。


「なるほど……税率ですか。申し訳ございません。私もそこまでは気が回りませんでした」

「私も気付かなかったんだから同じよ。あれだけはっきりとした不正が目の前にあったんですもの。そちらに気を取られるのは仕方がないわ」

「お気遣いありがとうございます」

「しかしどうしたものかしらね。さすがに今の経済状態で税率を上げるのは悪手だわ」

「そうでございますね。今の時点で他領と同様の税率にした場合、生活が出来なくなる者が出てくると思います」

「ええそうね。まずは領民たちの収入を増やす手を打ってからじゃないと無理ね」

「とはいえ、農地面積は決まっていますし、ここの土壌からして品質を飛躍的に上げるというのも難しいかと」

「そちらはすぐに効果が出るものではないけど、手が無いことはないわ。でも今はもっと別の方法で資金調達することを優先しないと、いつ商人が借金の返済を迫ってくるか分からないわ。少なくともあのシモーネに領の命運を握らせたままには出来ないから」

「……お嬢様には何かお考えがあるのですね?」

「一応、ね」


 今やれることは別の産業を興すこと。

 そしてそのプランもあるにはあるし、それこそがリサがこの領地を希望した理由でもあった。


「それについては明日の視察先で確認します。もしそれが可能なら元となる資金が必要だし、商人に伝手のあるシモーネには少し借りを作ることになるけど仕方ないわね。ただし不正の調査の方は続行で。くれぐれも私が調べていることを誰にも悟られないように」

「かしこまりました。農作物の流れとそれに関係した者の調査の方は進めさせていただきます」

「あ、あと一つ。ルイス様と一緒にアルカディアに来ていた関係者のリストが欲しいわ。特に側近の人たちがどんな素性の人だったのかも分かれば良いわね」

「それも調べるよう手配しておきます」


 ここまで聞いた話からしても、あのぼんくらルイスが不正に関与している可能性はほぼなさそうね。

 誰かに上手く担ぎ上げられて裏で好き放題されていただけといった感じかな?

 そんなので次期侯爵とか大丈夫なのかしら?

 それとも箱入りのぼんぼんてみんなこんな感じ?

 アルバート王子の側近も世間知らずの人たちばっかりだったけど、ルイスに比べればまだ自分の頭で考えて行動していた分、まだマシな気がする。

 ん?あれ?

 ルイスよりまだマシ?

 あの容姿端麗、頭脳明晰、超絶美麗CGのあの子たちが?

 私は何故かあれ程攻略に必死だったキャラクターたちへの愛情が消えていることに気付いた。

 これはリサの中に私が入っているからなのかな?

 リサの攻略対象への親愛度が低いことが私の感情にも影響している?

 そう考えて私はゾッとした。

 会話についてもそう。

 確かに私が考えて思った事を話している。

 それが勝手にリサ語に変換されているだけだと思っていた。

 でも本当にそうなのだろうか?


 元の私が領の税率について気付かなかった事を後悔なんてするだろうか?

 そもそも所得税と消費税にしか関わって来なかった私が……。


 いくらリサの記憶があるからといって、横領をしていた黒幕を暴こうなんて大それた考えを持つだろうか?


 今感じている私自身は、本当はどこまでが私で、どこからがリサなのだろう。

 私は風祭理沙であり、リサ=アルカディアでもある。

 それは私の認識と世間の認識。

 そして私の記憶とリサの記憶。

 今この意識全てが風祭理沙のものだと認識しているが、それが本当かどうか確かめる方法は無い。

 こんなことを考えている私の意識も、いつかはリサに完全に飲み込まれて消えていくのではないだろうか?


 それは単なる私の想像だけれど、絶対にありえない未来ではないだろう。

 これはあくまでもリサ=アルカディアの人生なのだから。


 その時、私はどうなるのか。

 風祭理沙という存在はどこへ行ってしまうのか。


 元いた世界か、それとも完全に消えてしまうのか。


 そんな、どうやったって答えの出るはずのない考えが私の頭の中をぐるぐると回っていた。



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