第12話 そびえ立つ岩壁
「おはようございますリサ様!!不肖このジェームズ!本日も護衛を務めさせていただきます!!」
翌日、視察に出掛けようと屋敷の扉を開けた途端に聞こえてくる威勢の良い大声。
起きて間もない朝から聞かされると体に悪そうなレベルね。
「……ジェームズ。貴方、昨日私が言った事を覚えているかしら?」
「もちろんです!しかし今日はちゃんとウィリアム団長から許可を得ております!!」
「……ビクト」
「私は何も聞いておりません」
「ジェームズ、それは本当なのね?」
「もちろんです!団長曰く、「お前が手伝うと俺の仕事が何倍にも増える。それならリサ様の護衛に行ってくれた方が良い」とのことです!」
あうち!
ジェームズの事務処理能力はそこまで壊滅的だったのね。
それなら無理に手伝わせてウィリアムに無駄な苦労をかけるのも気の毒。
「……分かりました。では護衛を頼みます」
「万事了解しました!このジェームズがいる限り、何事が起ころうとリサ様の身は守ってみせます!!」
「出来れば貴方が活躍するような事が起こらないよう祈るわ……」
清々しい笑顔で腕をぶんぶんと振り回して何かをやる気満々のジェームズを見ていると、普段から彼と一緒にいるウィリアムの苦労が推し量れるわね……。
ただ、主人である私の方に厄介払いするのは不敬ではないのかしら?
「リサ様。お荷物が積み終わりました」
そんなことを考えていると、昨日と同じようにレオルドが声をかけてきた。
馬車の方に目をやると、やはり昨日と同じくナダルさんが御者席に座ってこちらに会釈してくる。
「じゃあ出かけましょうか……」
「ガッテン承知の助です!!」
その西洋風の見た目でそういうこと言うの止めてね?
これはやはりゲームの製作陣が日本人だからなのかしら?
それにしてもセンスが古い!
私はそんな昭和の香りを感じながら馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られること数時間。
今日の目的地はアルカディア領の南西に位置するカミド山脈。
隣国であるアストレア王国との
そんな中、ヴァルハラ側でながらく放置されていたカミド山脈の麓の森林地帯を切り開いて開拓されたのがアルカディア領だ。これまで森だった場所なのだから、当然うちからアストレアへと続く道などない。
アストレアから唯一とが繋がっているのは、ルイスの父であるダウントン侯爵の治めるエルデナード領。
カミド山脈と北にあるディオエレラ山脈との境にある低地を開発して作られたシェラス街道でアストレアと繋がっているエルデナードは、ヴァルハラ全土において唯一アストレアとの交易が昔から行われており、そこで仕入れられている西側諸国の特産品の売買による利益がエルデナードの大きな収入源となっている。
そして――「キミツグ」のエピローグにある「侵略」エンドで攻め込んでくる国の一つがアストレア王国でもあった。
「あのぉ……言われていた目的地に到着したんですが……本当にこの辺りでよろしいのでしょうか?」
馬車が停車すると、御者席のナダルさんが恐る恐るといった様子で声をかけてきた。
私は車窓から外を覗いて場所を確認する。
「――ええ。ここで良いわ」
そうナダルさんに声をかけて馬車を降りると、私の目の前には遥かに見上げる巨大な切り立った岩肌がそびえ立っていた。
これもカミド山脈の一部。
十年前、森林を切り開いて開拓した先にあったのは、これ以上の進出を許さないとばかりに現れた岩の壁だった。
このアルカディア領の西と南の端は、全てこのような壁に遮られており、ある意味においては外敵の侵入を拒む鉄壁の――いや、岩壁の壁となっていた。
「近くで見ると凄いですね……。とても登れそうにありません」
私の隣で同じように見上げていたレオルドが呟くような声を出す。
私も声には出さなかったけど同じような気持ちでいた。
それこそロッククライマーとかなら登れるかもしれないけれど、さすがにここを降りてまで攻め込んで来ようなんて奴はいないと思う。
「おお!こいつは立派な岩壁だな!リサ様!今日の目的はここを攻略することですか!」
ジェームズが目を輝かせながらそう言う。
そんなわけない!
あんたなら登れるかもしれないけど、いや、何だか本当に素手で登り切りそうだけれども!
か弱い私がそんなことやろうと思うわけないでしょ!
もしそんな気があったとしても、着任二日目の新領主がやることでは絶対にない!
「……登りたいなら非番の時にでも一人で登りなさい。今日来たのはそんなことが目的ではありません」
私は溜息を一つついてからジェームズにそう言うと、一人岩壁へと近づき、そっと岩肌に手をあてる。
ごつごつとした硬い感触が手の平に伝わる。
その手の平から岩肌に向かって体内の魔力を流していく。
この世界に来てから初めて感じる魔力の波動。
当然私は魔法なんて使えないけど、全てリサの体が覚えている。
一分ほど続けてハズレだと感じて魔力の放出を止める。
そして北側へと岩壁沿いに移動する。
百メートルほど移動してまだ魔力を流す。
ハズレ。
また移動。
これを繰り返すこと数時間。
その間、レオルドとジェームズは無言で後をついてきていた。
初夏の日差しが照り付ける中での作業。額から流れ落ちる汗が目に染みる。
そして体内の魔力が減っていくにつれ、全身に怠さと疲労が徐々に蓄積していく。
ハズレ。
移動しようとすると軽い眩暈がする。
立っている足にも力が入らなくなってきた。
ハズレ。
始めてからどれくらい時間が経ったんだろう。時間感覚も、体の感覚も、意識さえもあやふやになりはじめた。
私は一体何をやっているんだろう?
「リサ様。もう限界ではありませんか?」
その声に現実に引き戻される。
振り向くと、汗で滲んだ視界の先に、心配そうな表情のレオルドとジェームズがいた。
「私どもではリサ様が何をされているのか考えが及びませんが、一旦お休みになられた方がよろしいのではないかと……」
「私に何か手伝えることがあれば何なりとお申し付けください!登りましょうか!」
「……ありがとう。でも大丈夫。もう少しだけやらせてくれるかしら?それと登るのは非番の時にしなさいと言いましたよ?」
二人に心配させてしまったことを申し訳なく思ったけど、ここまできたら、それこそ魔力切れで倒れるくらい頑張らないと意味が無い。
そう思って大丈夫アピールのつもりで二人に微笑んだんだけど、それを見た二人の顔が更に心配そうな表情になった。
どうやら微笑むのも難しいくらいに疲労してるみたい。
そして再び岩肌に向かって魔力を流していく。
魔力の波動が岩の中に浸透していく。
まるで砂が水を吸収するかのように、すうっと、どこまでも――
――そして何かに当たる。
跳ね返った魔力が波紋のように周囲に広がっていき、更に別の何かに当たって反射する。そしてまた別の何かに――
幾度となく繰り返される魔力の乱反射の波動が手の平を通して伝わってくる。
私はニヤリと口角を上げ、二人の方を振り返る。
「目的は果たせました。屋敷に戻ります」
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