第13話 最初の一手
屋敷に戻ると汗と埃まみれになっていた服を脱いでお風呂に入った。
帰りの馬車では疲れで眠ってしまっていたので気にならなかったが、お風呂に浸かって徐々に頭が働きだすと、馬車の中でレオルドに汗臭いと思われていなかったかが気になりはじめ、一気に恥ずかしさが込み上げてきた。
せめて替えの服くらいは持っていくんだった……。
部屋着に着替えてアンの淹れてくれた紅茶を飲んでいると、いつものように部屋のドアが優しくノックされた。
「お嬢様。よろしいでしょうか」
「入りなさい」
いつも通りに返事をし、ビクトが入ってきたのを確認してからアンを下がらせた。
「本日はお疲れのご様子ですが、大丈夫でございますか?もしお急ぎでないようでしたら明日でも――」
「私は大丈夫よ。それに急ぎの用件ですから」
私を心配してくれているビクトの言葉を遮るようにして言葉を続ける。
「予想通りの結果が得られたわ。あの場所からは魔石が採れるはずよ」
「――なんと!?本当でございますか!?」
「ええ。間違いなく、あの山には魔結晶が埋まっているわ」
この世界において様々なエネルギー源として活用されている魔石。電池のような使い捨てで、充電(充魔力?)することは出来ない。
それは全て魔鉱山と呼ばれる場所から発掘されているもので、ファンタジーでよくある魔物を倒して手に入れるといった代物ではない。
そもそも魔物がいないしね。
リサの記憶をもってしてもどういう原理かは分からないけど、この屋敷にある照明設備や冷暖房設備。厨房にある調理器具に、お風呂などにお湯を出す水道装置などなど。おそらくは中世ヨーロッパ風の文明で描かれている「キミツグ」の世界を、少しでも現代の文明に近づける為に取り入れたのが魔石というエネルギーシステムだと思う。
これさえあれば万事解決!的なね。
主人公と攻略対象とのストーリーが本題なので、この辺の設定はざっとした感じなのよね。ゲームをやってる時には、どうして部屋の中が普通に夜でも明るいかなんて気にもしなかったけど。
そして魔結晶。
これが魔石を生み出す元となる重要な物質。
魔結晶は呼吸をする植物のように、埋まっている場所の岩を通じて外にある大気中の魔力を吸収し、吐き出した魔力で周囲の地中にある鉱石を魔石に変えていくという性質を持っている。
この魔結晶自体にはエネルギーとして活用する手段はなく、これを掘り出したとしても、他の場所に埋めて魔石が出来るまで待つくらいの価値しかない。
そして普通の鉱石が魔石になるのにかかる年月は約百年ほどかかると言われているので、それならば最初から魔結晶のある場所から魔石を発掘する方がよっぽど効率が良い。
しかしこの魔結晶。
とにかくこれまでに見つかった数が少ないらしく、魔鉱山の場所も国内では数カ所しかない。
その理由としては、魔結晶の埋まってそうな岩肌をやみくもに掘って見つけるしか手段がないからだ。
では何故今回私が見つけることが出来たのか?というと、先ほどの魔結晶の性質を利用したからだ。
自分の魔力を流していき、魔結晶にぶつける。
自然界の魔力を吸収する魔結晶は、人から放出された魔力を吸収することは出来ない。それは魔石が使い捨てだということに起因する。自然界にある魔力と、人が自ら生み出す魔力は性質が異なる。だから吸収できない魔力は反発し、周囲の魔石も同じように跳ね返していく。
つまりあの時あの場所で起こった共鳴のような現象は、そこに魔石が埋まっている、または魔結晶が存在しているという証明になる。
「それが本当であれば素晴らしい発見なのですが……。お嬢様はどうしてあの場所から魔石が採れると、魔結晶があると分かったのでしょうか?」
私の言葉に半信半疑のビクト。
それもそのはず。採掘をせずに魔石の鉱山を発見したという例はこれまでに無いからだ。
「必ずある、という確証はなかったわ。でも、あの岩壁のどこかに魔結晶がある確率は高いと踏んでいたの。あれは――あの場所は自然の隆起で出来たものじゃなく、過去に魔力暴走によってカミド山脈の一部が切り取られた痕跡だと思ったから」
魔結晶がどうやって生み出されたのかに関しての答えは出ていない。
しかしリサは、自ら調べた結果、過去に大規模な魔力暴走が起こったことによって起こった地殻変動があった場所に魔結晶があるのではないか、そしてそれはアルカディアの地でも起こっていたのではないか?という仮説を立てていた。
「切り取られた痕跡……。まさか、アルカディアは――」
「そう。あの岩壁が隆起したのではなくて、このアルカディアのある場所が魔力暴走によって抉り取られて出来た地形なのよ」
だから不自然に山の一部が切り取られたような岩壁。
本来ならあの場所から今のアルカディア全域に向かってなだらかな山が続いていたはず。しかし地形を吹き飛ばすほどの大災害が起こり、その範囲にあった山の一部が消滅したことで出来たのがあの岩壁。
それがリサの立てた仮説。
そしてそれは実際に魔結晶の反応があったことで真実味を増した。
魔力暴走がどうして起こるのかは分からない。しかし、過去に他国で起こったという記録が何件か残っている。
そのどれもが予兆なく突然起こり、甚大な被害をもたらしたという事だ。
今のところ魔力暴走と魔結晶との関係性については何も分かっていない。
残っている記録が新しいこともあるし、そもそも被害の大きさに目がいってしまい、復興に全力を注がなければいけないのが当然と言えば当然。それに魔石が作られるまで百年近くかかるのだから、そのことに気付けないのもまた当然。魔石が出来た頃には、その上に再び人々が暮らしを営んでいるだろう。
偶然山の近くで魔力暴走が起こった時、時が経って初めて魔石鉱山としての役割が与えられるのだろう。
しかし、この仮説の実証結果や魔結晶の成り立ち、その発見方法にこれまで誰も気付かなかったことなど、その全てがあまりにもリサにとって都合が良すぎる展開となっていることに、その不自然さに、私が気付くのはもっとずっと先のことだった。
私はどうやって探したのかをビクトに話す。
「そのような方法で……。確かにそれならば見つけることが出来るかもしれません……しかし、あの広大な場所でそんなことをしようとすればどれだけの魔力と人手が必要となるか……。今回お嬢様の疲労具合からしても大変な作業になるかと思います。初日で発見出来たのはかなり幸運だったのかと」
「そうね。それは私もそう思うわ。実際全部を見て回ろうと思っていたから、下手をすれば数か月はかかると踏んでいたの」
「それならば最初からそう言ってくだされば人手を都合いたしましたのに。お嬢様はもう少しご自身のお身体を大事になさってください」
ビクトの口調は優しかったが、どこか叱るような感じを受けた。
彼は本当にリサのことを心配してくれているんだろう。
私の心を罪悪感がちくりと刺した。
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