第6話 領主邸
ビクトと二人で領主邸の中へと入る。
予想通り……というか、何と言うか……。
無駄にだだっ広い二階まで吹き抜けの玄関ホール。
何とも成金趣味な、「THE・貴族様」といった感じかな。
これらの高級品をそのまま置いていったということは、この美術品たちは領地の運営費の中から捻出された資金で買い集められたということだろう。
持ち帰れば横領罪に問われるかも?くらいの知恵はあったらしいが、それならもう少し頑張って最初から買わないというレベルまで進化してもろて。
「どうやらこちらが執務室のようでございますね」
邸内の各部屋を順番に見て回る。
三階の突き当りにあった玄関側に面した角部屋。
中は他の部屋よりも一回りほど広く、敷かれている絨毯や置かれている机も高級そうなものが揃えられていた。
「誰に見せるわけでも無いのに……」
侯爵家の嫡男としての見栄かプライドか知らないけど、彼は本当にお金の使い方を知らない男なのね。
リサの公爵家の部屋も無駄に立派なものだったけど、あれは親が用意したものだったし、自分で一式揃えろと言われたらもっと質素なものにしただろう。
そんなリサの思いが私の中にあった。
「椅子も豪華ね……こんなに身体が沈み込むくらい柔らかい椅子に座って執務なんて出来るのかしら?私ならすぐに眠ってしまいそう」
「ルイス様も寝ていたのではないでしょうか?」
「……そうかもね」
ビクトも優しそうな顔をしてなかなかキツイことを言う。
まあ、長年公爵家の家令を務めていたのだから侯爵家の嫡男程度に遠慮はしないだろう。
「とりあえずこの椅子は売り払って返済の足しにしましょう。私は他の部屋にあった普通の椅子で構わないわ」
「かしこまりました。後で交換しておきます。あとはお嬢様の寝室ですが」
「ルイス様が使っていた部屋以外ならどこでも良いわ」
「ではちょうどこの真下の部屋がよろしいかと思います」
「ああ、あの誰も使ったことがなさそうな客室ね」
「はい。調度品は質素なものばかりでしたが、お嬢様はああいうのがお好みかと」
「そうね。あの部屋にするわ」
「ではあの部屋にお嬢様の荷物を運びこむように指示しておきます」
ビクトがそう言い残して部屋を出ようとした背中に声をかける。
「ビクト。ついでに管理官にここに来るように声をかけておいてくれる?ええと、何といったかしら?」
「シモーネ管理官ですな」
「ああそうそう。そのシモーネ殿に詳しいこの領の経理状況を聞きたいの」
「かしこまりました。すぐに使いの者を向かわせます」
知りたくない現実だけど、そこから逃げるわけにはいかないからね。
ビクトが部屋を出ていったことで一人になる。
私はふかふかの椅子に体を沈めるように座り、改めて自分の現状について考える。
私は風祭理沙。県内の大学卒業後に上京して都内にある企業に就職して七年。来年は三十の大台に到達する今年二十九歳のナイスレディ。
趣味は乙女ゲーム、好きなキャラの推し活、コンカフェ巡り。
特に推しは男装カフェ「シュバルツアカデミー」の――げふんげふん!
覚えている現世での最後の記憶はキミツグをクリアーした後に出勤準備をしようとしてめまいで倒れたところまで。
そして今、私の中にはっきりとあるキミツグの悪役令嬢だったリサ=フィッツジェラルドの記憶と想い。
いや、リサの中に私の意識があるのか。
どちらにせよこれが決して夢ではないというのは分かる。
リサの記憶が蘇ってから明らかに私の口調が変わった。
少し突き放す様な口調。心の中で動揺しているのにそれを表に出さない落ち着いた雰囲気の言葉。私自身がそんな言葉を使おうと思っていないのに、勝手にこの口が変換してしまっているような感覚。
身体は自由に動くのに、そこだけに違和感を感じる。
やはり私はあの時に死んでしまったのだろう。
そしてリサとして生まれ変わった。
そうであれば蘇ったのはリサの記憶ではなく風祭理沙であった頃の記憶ということなのか?それともここまで成長したリサの中に私の意識だけが転生したということなのだろうか?
どちらにせよ、今の私はリサ=フィッツジェラルド――いや、今はリサ=アルカディアか。それと風祭理沙両方の記憶が同居している状態だ。しかし意識としては風祭理沙としての人格が支配しているといったところか。それもこの先どうなるか予想もつかない。いつかはこの意識もリサの中に飲み込まれて消えていくのかもしれない。
それでも私が私であることに変わりはないんだろうけども。
ただ一つ疑問がある。
どうして転生先が今なのか?ということ。
普通はゲームのスタート前とかに転生して、ザマァされるはずの悪役令嬢が上手く立ち回るとかになるんじゃない?読んだことのあるラノベとかはそうだったよ?
でも今はゲーム本編が終了した後の時代。
断罪もザマァも終わっていて、役目を終えた悪役令嬢は追放された後。
ゲームで得た知識チートも役には立たず、そして10年後には滅亡することも確定している世界。
そんな世界で私に何が出来るというのか。いや、リサは何とかして国を救おうという想いをずっと抱いてはいるんだけど……それは難しいだろうと思う。
リサの考えている滅亡への道筋は、アルバートが王位に就いた後に起こる不平不満による諸侯による反乱だ。
しかし私は知っている。
この国を襲う滅亡のパターンはそれだけではないことを。
私は何の為に……。
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