第8話 横領

「問題はどこまで繋がっているか、ね。これから先のことを考えるならルイス様は無関係でいて欲しいところだけれど」

「ダウントン侯爵とは揉めたくありませんからな」

「ええ。侯爵には今後もアルカディアの後ろ盾になってもらいたいと思ってるわ。その息子が横領に手を染めたなんてスキャンダルを暴く真似は避けたいわね」

「ではもしもルイス様が関与していた場合は見逃――」

「それは関係ないわ。例えルイス様が関与していても、その黒幕であったとしても、今後のアルカディア領の事を考えた時、絶対にこの件を放置しておくわけにはいかないわ。もしもその事でダウントン侯爵と敵対することになったとしてもね。それにそんな奴らのせいで作った借金をどうして私や領民が背負わなきゃなんないの?絶対に黒幕を暴いて、そいつに請求しないと気が済まないわ!」

「お嬢様?」

「……ごめんなさい。少々興奮して言葉遣いが荒くなりました」


 後半は完全に理沙の怒りがリサの理性を超えてしまった。


「まあ、私の予想ではルイス様は関与してない可能性が高いと思うわ。もしルイス様が黒幕なんだったとしたら、この屋敷に残されている美術品たちは証拠隠滅も兼ねて自領に持ち帰っているでしょう。でもそうしなかったのは、あくまでもルイス様自身は、あれらを正当な経費で購入した、このアルカディア領の備品だと思っているからではないかしら?」

「十年もいて本当に気付かなかったのだとしたら、ルイス様はある意味かなり大物とも言えますな」

「多分そこに付け込まれたのでしょう。ルイス様がここに来たのが十年前。まだ成人したばかりの十六歳の時だと聞いています。もしもこの計画がその頃から進められていたとしたら」

「成程。それこそ世間知らずの子供だったルイス様に偽りの知識を植え付けていくことなど簡単だったでしょうな」

「領主とはこういう屋敷に住むものです。貴族の住む屋敷には高価な美術品があるものです。小麦の相場はこれが適正。今は赤字ですが金を貸してくれる商人はいくらでもいるので気にしなくていい」

「しかしそれはいつまでも続くものではないのでは?今回のように領主が変わった場合はすぐにバレてしまうと思われますが」

「今回の私の拝領は黒幕にとってイレギュラーだったでしょうね。本来ならこの地方の統括を任されているダウントン侯爵の息子が仮とはいえ治めていた領地を、縁も所縁もない私が引き継ぐなんて事が起こるはずがないわ。少なくとも侯爵家の息のかかった貴族であるべき」

「ということは……」

「黒幕はルイス様が侯爵家を継いだ後のことも考えているはず。そしてその時にこのアルカディア領を譲り受ける可能性の高い人物。自分が跡を継げば不正が明るみに出ることはないわ。そしてこれまでもルイス様に助言をするフリをして恩を売り、その裏で不正な取引を仕掛けて利益を得ている者。つまりこのアルカディアと領地と接している領の人間の可能性が高いと思うわ」

「となると、北のハーンドラッツ領のクロムウェル伯爵か、東のティルナ領のフランクリン子爵あたりが候補でしょうか」


 リサの記憶の中にその二人の名前はあったのけど、その人物の詳細についてはほとんどなないのよね。

 その領地にしても、ここまでの道中にティルナは通ってきたが、馬車から見た印象は豊かな農作物に恵まれた領地って感じで、ハーンドラッツに至っては森林資源の豊富な土地という人づてに聞いた知識しかなかった。

 リサが王都と自領から外に出るのは初めての事だから、知識が偏っているのは仕方ないっちゃない。これから必要な知識は私が学習していくしかないんだ。


「伯爵と子爵の人となりを知らないので何とも言えないけども、今のところ有力な候補ではあるわね」

「私の知る限り、どちらもあまり良い噂は聞きませんが」

「まあ、エルデナードはダウントン侯爵を筆頭とした革新派が集まっているから、保守派で占められている王都近辺では煙たがられているでしょう」

「そのような場所にある領地を保守派の柱である公爵閣下の娘であるお嬢様がいただいたというのは腑に落ちないところですが」

「あら?お父様から聞いてないのかしら?ここが良いとお父様経由で王様に伝えたのは私なのよ」

「何と……」


 そう。この赤字の続く開拓地上がりの領地を望んだのは他でもないリサ自身だった。

 それはリサにとっても勝算があるとは言い難い博打。

 アリアナをアルバートから引き離すことが出来なかったことで、リサに残された唯一と思える王国を救う為の方法。

 アルカディアを立て直し、その功績をもってダウントン侯爵率いる革新派を味方につける。そして保守派であるフィッツジェラルド公爵との間を取り持つことで国内の安定を図り、堕落するだろう王家を支える覚悟をもってこの土地を選んだのだ。

 その想いの中に、アルバートやアリアナに対する恨みや怒りの感情は一切なく、ただ自分の生まれ住むこの国を、そこに住まう人々の生活を護りたいという強い想いだけがあった。


 そんな崇高な精神を持つリサとなった私には、彼女の想いを叶える義務があるというのだろうか?

 ただの普通のOLでしかなかった私にそんな大それたことをやれと?

 いや、そんなことを誰が言っているのか?誰も言っていない。

 私は私で、このアルカディアの領主として好きに生きたって誰にも文句は言われないはずだ。

 でも少なくともその為にはアルカディアの経済状況を改善する必要があるのだけれど……。


「ビクト。まずは小麦の流通先を調べてちょうだい。取引した商人が実在するか怪しいから、現在市場に出回っているアルカディア産の小麦を調べた方が早いわね」

「かしこまりました。早急に手の者を使って調べさせます」

「その報告が来るまではシモーネとの接触は避けるように。くれぐれも私たちが怪しんでいることは気付かれないように注意してちょうだい」

「エルデナードの経理担当者はいかがいたしましょう?」

「そっちも放っておいていいわ。どのみち手が出せないところにいる以上、今警戒されるようなことになると厄介だわ。まあ、名前くらいなら残っている資料でも調べられるしね」

「それまでに逃げ出しませんかね?」

「そいつの懐にも結構な金額が入ってるでしょうし、エルデナードに戻ってもそれなりのポストに就くことになるでしょう。それを全て投げ捨てて逃げ出せることが出来るような機転のきく者だとは思えないわ。そもそもバレるとは思ってないだろうし。それに――誰一人として絶対に逃がさないわよ」


 絶対に全額取り返して借金を減らさないといけないんだから!

 


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