第17話 ホープス鉱山
こちらの予想通り、シモーネはあっさりと資金の準備をしてくれた。
ただ、それを持ってきた時の恩着せがましさだけは予想を超えていたけれど……。
どれだけ自分が商人たちに顔が利くかとか、どれだけ自分の功績がこの領を支えているかだとか、直接的な言葉を使わないまでも、そう受け取れる言い回しで延々と語っていった。
最初に会った時の印象は真面目な役人の皮を被って裏でこそこそやってる小悪党というイメージだったのに、この時は何かふっきれたのか、絵に描いたような悪役具合だった。
そんなに私からの手紙が嬉しかったのかしら?
これで本当に私が泣きついてきていると思ってて、最終的に公爵家と繋がりが持てるだろうと喜んでるんだったら楽なんだけど。
一か月が過ぎた。
鉱夫の募集はシモーネに気付かれないように王都の商業ギルドを使って進められた。
『鉱山夫募集!!
募集人数 100名
日当 1200クルゼ
三食、作業着支給 住居完備 冷暖房完備
週休完全二日制
賞与年2回 昇給有
他諸手当有
従業員みんな仲が良く、笑顔の絶えない職場です』
魔石の売却利益を考えれば本当はもっと賃金を払う事は出来るけど、その事で他領に怪しまれるといけないので抑えている。衣食住と継続的な仕事の保証をすると募集要項に書いたのが功を奏したのか、他領の鉱山の閉山に伴って仕事を失った元炭鉱夫や、戦争に巻き込まれて王都に避難してきていた若者など、あっという間に募集定員の二倍程の応募があった。
ただ、書かれている事の意味が分からないという苦情も多数寄せられたとか……。
しかし突貫で行っていた彼らの暮らす住居も百人分完成していた為、まずは経験者優先で百人採用し、残りの者に関しても後日必ず雇うので良かったら待っていて欲しいと伝えてもらった。
アルカディアに来て何か仕事をしてもらおうかと思ったのだけど、素性が分からない者が多いため、それは実際に鉱山で働いてもらってからの方が良いとビクトに止められてしまった。
履歴書なども自己申告のこの世界では、良くない考えを持った人間が紛れ込んでくる可能性は考慮しないといけない。
人員募集の間も私の魔結晶探しは続けられ、新たに魔結晶が埋まっている場所が二カ所発見された。そして最初のと合わせた合計三カ所の発掘予定地と住居を囲う形で覆う柵を立てた。簡易の村のようにも見えるけど、そこへの出入口は一カ所のみ。それも発掘した魔石の運搬の為であって、基本的に鉱夫たちの外出は当面禁止。出入口には厳重な見張りを立て、周辺の警護に関してもウィリアムにシフトを組んでもらっている。
まるで囚人を閉じ込める監獄のようにも思えるが、魔石(鉱夫たちには鉄鉱石と伝えている)が発掘されて市場に出回るようになるまでのことで、そのことに予め承諾した鉱夫たちだけが集められている。
ああ、それともう一つ。
あの岩壁に名称が付けられた。
【ホープス鉱山】。
アルカディアの希望となるに相応しい名前だと思う。
ちなみに名付け親は私。
ビクトは一瞬何か言いかけたけど、すぐに素晴らしい名前ですと褒めてくれた。
レオルドとアンは、まるで私が天才だと言わんばかりに称えてくれた。
ジェームズは「安易で分かりやすい名前で良いんじゃないですか」と言った途端に、隣にいたウィリアムに足を思いっきり踏まれていた。
私にネーミングセンスが無いことくらい前世からご承知でい!!
七月。
晴れた日には強い日差しが差し始め、徐々に夏の訪れを告げ始めた頃。
ホープス鉱山での採掘作業が開始された。
三カ所の内、人数を半分に分けて二カ所の採掘から始めた。
採掘に関して詳しい身内がいなかったため、経験者の中から一名ずつ現場監督を選出した。
一人は昨年まで東のカンパニュラ領の炭鉱で二十年以上働いていた経験のあるカーチス。でも、近年の産出量の減少により、今年に入ってからリストラされたとのこと。
もう一人は同じエルデナード地方にあるロジェストの魔石鉱山での勤務経験のあるマッソ。こちらは数年前に父親の介護の為に離職。その父親も今年の春に鬼籍に入ったという事で、今は新しい仕事を探している最中だったらしい。
どちらも真面目な印象を話した感じからは受けたので、ビクトと相談の上で二人にお願いすることにした。
作業が始まって十日が過ぎた。
報告を受けている進捗具合から、そろそろどちらかの坑道から魔石が見つかっても良い頃。
そう思った私は、その日の領内の視察予定を変更してホープス鉱山へと向かった。
「リサ様。何やら揉めているようです。先にひとっ走り見てきましょうか?」
ホープス鉱山に到着し、入り口のところで馬車が停車すると同時に護衛役のジェームズが窓越しにそう言ってきた。
「いえ、私も行きます」
その揉め事に心当たりのあった私は、彼の申し出を断って場所を降りる。
入り口から少し入ったところで門番役だろう騎士と、マッソを含む数人の鉱夫が何やら大声で話していた。
「だからこれは大変なことだと言ってるじゃねーか!一刻も早く領主様に連絡してくれ!」
「言ってることは分かるが、それが本物だと分からないじゃないか!そんなことでお嬢様に報告することなど出来ん!」
「何で分かんねーんだよ!どこからどう見ても魔石だろうが!」
「そんな大きな魔石など見た事がない!いや、その半分の物すらない!」
「だから大変なことなんだって!俺だってこんな巨大な魔石見た事ねーんだ!それがいくつも出て来たんだぞ!これが大変じゃなきゃ、何が大変なんだって話だ!!」
「見たこと無いなら余計に本物かどうか分からんだろう!それに見た目も魔石とは全然違うではないか!魔石とは丸いものだろう!?」
「俺はロジェストの魔石鉱山で働いてたから魔石かどうかは分かるんだよ!これは綺麗に研磨する前の魔石の原石なんだよ!それも超超巨大なサイズのな!」
「そう言われても俺にはただのごつごつした黒い石にしか見えんのだ!お嬢様への報告はその石の真偽がはっきりしてからでも良いだろう?」
「だったら早くやってくれ!俺はこの大発見を一刻も早く世間の奴らに教えてやりてえんだ!!」
「それは困るわ」
みんな話に熱中していたのか、私がすぐ近くまで来ていたことに気付かなかったようで、その声に驚いたような顔を向けてきた。
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