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◇
「そういえば澄谷くん」
回想に浸っていると、有浦がいつの間にか本を閉じてこちらの方に視線を向けている。こちら、というよりかは、僕の隣にいる澄谷に対しての視線だったと思うが、どうにもその中には僕も主体として含まれているような感じがした。澄谷はヘッドフォンをしているから届いていないかもしれない、そう思って肩を小突いて知らせようと思ったけれど、そんな心配はよそに澄谷はヘッドフォンを外した。はい、と彼は返事をして、その後の有浦の言葉を待つ。
「今日は木門ちゃんと風原くんは来ないのかな?」
いつもであるなら他人に対して行儀をよくしない有浦ではあるが、ここ文芸部の後輩たちに対しては割かし丁寧な対応をしていると思った。もしかしたら僕に対してだけそういった態度をとっている可能性もあるけれど、それを考えると胸が痛くなる気がしたので、気にしないようにする。
有浦の言葉を澄谷は咀嚼して、そうですね、と返す。
「恵美については友人の付き合いでサッカー部を見学しているらしいんで遅れてくると思います。風原くんについては知らないですね」
「おーけー。まあ風原くんはいつも通りか。それなら木門ちゃんが来た時にしようかな」
……しようかな、という言葉に引っかかる。それは澄谷も同じようで首をかしげる様子が見えた。瀬里奈については特に気にしない、というように携帯の画面ばかりを見つめている。一瞬視線がこちらにちらついたような気もするけれど気のせいだろう。
「しようかな、とは何のことだよ」
「いや、大事な話があるんだよ。川見さんには話したけれど、文芸部のことでちょっとね」
はあ、と適当な返事をする。僕のそんな声を聞いて彼は話が終わった、ということを示すように改めて本に向き合った。窓から吹く風は穏やかになっていて、ページをめくる指の動作に苛立ちは含まれていない。澄谷もヘッドフォンを装着して画面の中にまた集中し始めた。
僕はどうするべきだろう。会話が終わってしまったのならば、更に掘り返すような真似をするのは抵抗感がある。目の前にある本を読むのも悪くはないけれど、今の気分としては読めるものではない。そもそも暗い話が苦手である故に、この先の展開を想像することがしんどくて仕方がない。それでも本を読まなければいけない、という気持ちもあるけれど、別にそれは今でなくてもいい。
そう自分自身を説得したところで、僕は制服のポケットに忍ばせている携帯を取り出す。画面を点灯させる、新しい通知などは来ていない。それについて自分が注目されていない、もしくは人との関わりが薄いことに哀しさを覚えるけれど、注目されるのは好きじゃないということを言い訳して瀬里奈とのトーク画面を開く。
『文芸部の大事な話って?』
それだけ打ち込んで、すぐに僕はブラウザの画面に移動をする。
後ろめたいわけではないけれど、なんとなく彼女がすぐに既読をつける様子を見ることに対しては躊躇いがあるし、すぐに返信が来たとして既読をつけることに対しても躊躇いがある。どうしてそうなるのかはわからないけれど、中学生の時からこんな具合なのだから仕方がない。
ブラウザで適当なニュースでも見ようかとしている間に、上部に瀬里奈からメッセージが届く。
『詳しいことはわからないけれど、大変そうなこと』
『大変そうなこと?』
『めんどくさそう』
それで会話は終わった。とりあえず、めんどくさそう、という文面に対してため息を吐くようなスタンプを送りつけると、それな、と指を指すスタンプが返ってきた。
文芸部についてのこと、大事なこと、大変そうなこと、面倒くさそうなこと。
……あまり頭を働かせたくないな、と思う。僕はトーク画面から離れて、ブラウザでニュースをめぐる作業に戻ることにした。
◇
しばらくして部室の戸はまた開かれた。開けた主は待ち望んでいた木門かと思いながら視線を向けると、そこには文芸部の顧問である立木がいた。そんな姿を澄谷は静かに確認した後に、エンジェルSummer! のウィンドウを一瞬で消していた。隙がないやつだな、と思う。
「よおよお、どうだ進捗は?」
「……進捗もなにもないでしょうに」
誰かが言葉を挟んでくれることを期待したけれど、僕以外の全員が口を開かなかったので、しょうがなく僕が口を挟む。
文芸部、というのは文芸を嗜むものの部活である。もしくは創作、というものに取り組むのかもしれないけれど、どちらかと言えばこの部活は読み物に対して重点を置いて運営をされている。運営という言葉が正しいのかはわからない。最初から読むことを目的としての活動しかしていないだけだ。
図書室にいるときに創作をすることなどなかった。……僕以外の人間は。
瀬里奈はWEB小説が好きで、図書室に行かなくとも読めるはずなのに、それでも僕の隣で携帯をいじっていた。たまにWEB小説から文庫化されたものを図書室で借りていたような気もする。有浦については一年の時に図書委員ということもあったけれど、図書委員の当番でない日であって図書室に入り浸って、新しく入荷した本などを読んでいた。なんなら全学年の中で図書委員として仕事を全うしていたのは彼だけともいえるかもしれない。
そんな僕らに進捗などあるはずもない。澄谷について言えばゲームの進度とかあるかもしれないけれど、立木が澄谷のそういった事情を知っているわけではないだろう。ゲームのウィンドウをそっと消したところから見ても澄谷は大人にはバレたくないはずだ。
「いやいやいや、有浦から聞いたろうよ」
立木は誤魔化すなよ、と笑いながら言葉を吐く。それについて有浦は少し気まずそうな顔を浮かべた。
「まだ木門さんが来ていないので話してないんですよ……」
「ああ、そういうことか!」
納得したような表情をする立木。
だいたいその辺りで察してしまう事柄が自分の脳裏に思い浮かぶ。
文芸部のこと、大事なこと、大変そうなこと、めんどくさそうなこと、それも文芸部の顧問である立木が関わることと言ったら、だいたい察しはつく。ついてしまう。
澄谷はいまいち理解できていなさそうな顔を思い浮かべる。瀬里奈については、やはり事前に聞いていたようで興味もないような顔で携帯を見つめている。有浦は気まずそうな顔で僕を見ている。
そういうことか、と視線を返す。
有浦からは頷きが返ってきた。
「それなら直々に俺の口から説明をしようじゃないか」
意気揚々としている立木を見るたびにうんざりするような気持ちが湧く。もう十中八九想像している事柄についてなんだろうが、少しは可能性が違っていることを祈らずにはいられない。
でも、期待は外れる。そんな声が、言葉が聞こえる。
「お前らには部誌を作ってもらう!」
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