1-5


 意気揚々と宣言した立木は満足そうにした後に、すぐに部室から立ち去っていく。その間にも木門が来ることはなくて、部室の中には唖然とした空気がわだかまる。それも主に澄谷が。


 それ以外の僕たちについては、想像していたことの範疇であったり、事前に内容を知っていたりする連中なので文句をつけることくらいしか思いつかなかった。


「正気なのか有浦」


「一応、正気なんだけどな」


 有浦は気まずそうに言葉を続けた。


「俺が提案したことじゃない。というか俺が提案するわけないだろ。なんなら否定したさ。そもそもこの文芸部は読むことを大事にしている文芸部であって、創作とか執筆とかからは縁がないものだってな」


「……つまりは立木、だよなぁ」


 ああ、と有浦は諦めたように言葉を吐く。


 子は親を選べないのと同様に、部員は顧問を選べない。


 図書室で文芸同好会、というものを非公式に開催しているうちは良かったが、図書室に集まるメンツが増えたことにより『これ、もしかしたら部活を立ち上げて部室とかをもらったら有意義な学生生活を送れるんじゃね』とか、気の迷いから申請したのが間違いだったのかもしれない。


 どこか深夜テンションと同じような感覚で、僕と有浦と澄谷は意気揚々と申請をしたわけだが、その末路がこことは思わなかった。いや、どこかで想像していたことではあったけれど、のらりくらりと躱すことができるような気がしていた。何せ、部活が立ち上がってから一か月、現在に至る六月になるまで特に何か言われることはなかったのだから。


『ほら、文芸部っていうのは文芸をする場所だろ。お前ら文芸部ではあっても文芸をしているわけじゃなくて文芸されたものを読んでいるだけじゃねぇか。それは読書部であって文芸部じゃねぇ』


『……だから、部誌ですか』


『おうよ。ほら、高校生という時期の若者がどんな文章を書くのか、俺自身もワクワクしててな。とりあえず文化祭に載せることにしたから時期は十月まである。各々試行錯誤して書いてみろよ。どんな作品であっても俺は読むからな』


 がはは、と笑い声を響かせた後に、青春を与えてやったぜ、そんな表情をちらつかせた立木はにこやかに立ち去って行った。


「やるしかないのか」と僕。


「まあ、強制的に」と有浦。


「ちょっと待ってください!」と澄谷。


 瀬里奈は沈黙を続けていた。


「俺、作文とか昔から苦手なんですけど、それでも書かなきゃいけないんですか」


「立木先生が言っていたじゃん。読むだけなら読書部だって。つまりは苦手であっても読み専であっても書かなければいけないってことだと思うよ」


 有浦は落ち着かせるような声音で言葉を吐く。それを聞いた澄谷は頭を抱えるようにした。


 俺はそんなやりとりを目の前にしながら、ブラウザを操作して、『文芸部 部誌 内容』と検索する。


「……おっ、川柳とか短歌とか、韻文をのっけてもいいらしいぞ。文芸だから」


「おお、小見原。ナイスアイディアだな。俺は川柳を書くことにしよう」


「それなら僕は短歌とかにしようかな」


「それなら先輩を見習って僕は俳句とかにしますよ」


「……この調子だと全員が韻文になりそうだな」


 有浦はため息をついた。瀬里奈は特に言葉を吐いていないけれど、周囲が韻文を選択するのなら、紛れるように彼女は韻文を書くだろう。


「全員が韻文、というのは流石にまずい。別に悪くはないと思うんだけど、立木が求めているのはそうじゃないだろうな」


 有浦は言葉を吐く。僕はその言葉を耳に入れて先ほどの有浦のように溜息をついた。


「冗談は半分にしておいて、実際は文章を書かないと立木は満足しなさそうだよなぁ」


 僕はそう言いながら立木の過去を思い出す。


 一年生の時に見かけた彼の姿はいつもやる気で満ち溢れていた。三十代後半という年齢であっても、僕たちの若気にあてられてかエネルギッシュな振る舞いが至る所に見られた。彼は当時二年生の担任だったけれど、合唱祭では三年生を差し置いて優勝をとってしまうほどに何事にも力を入れ込む。なんとなく適切な成果を残さないと満足しないような人間、という印象が僕の中にはある。きっとそれは悪いことではなく、本来であればとても良いことなんだろうけれど、少し後ろ向きであるこの文芸部には性質が合わない。


「文章、かぁ」


 有浦はそう言葉を吐いてから、宙を見つめる。何か考えているような仕草。でもその実何も考えていないことは一年以上の付き合いから理解できてしまう。


 澄谷は困りきった表情をしている。それが心配になって「そんなに作文が苦手なの?」と聞いてみると、彼はこくりと頷いた。


「なんというか、俺、向いてないんですよ。絵がついてないと落ち着かないというかなんというか。想像力が欠如しているのか、具体的な様子が頭の中で補完できないんですよね。それ以外にも文章のルール的なところがわからなかったりします」


「日記とかは?」


 日記とかであれば随筆という体で載せることができるだろう、そう思って提案してみるけれど、彼は首を振る。その後に、単純に挑戦したことがないんです、と言葉を続けた。


 ……やっぱり部誌は無謀だ、と思ってしまう。


 部員の全員がそういった創作については未経験である。僕も含めて全員が。


 それでも有浦についてはそれなりのものを書き上げるだろうと思う。いつも本を読んでいるし、インプットされている語彙については豊富だろうし、出力することは容易いかもしれない。瀬里奈はどうだろう。WEB小説が好きなのだから、もしかしたら書けるかもしれない。でも、木門や澄谷はどうだろう。風原については? そして僕についてもどうだろう。


 文章は書いているけれど、それは人に向けられたものではない。物語を書いているわけでもなく、日記を書いているわけでもない。ただ人がどういった行動をとっているのか観察したり、思考の整理に言葉を紡いでいるだけで、それ以外の用途として文章を使ったことがない。


 無謀だ、無謀でしかない。


 そんな気持ちを抱くけれど、文句をつける相手はここにはいない。ここには被害者といえるような集団しかいない。そして文句をつけるべき立木に立ち向かったところで、彼が部誌という考えを廃止する未来については想像することができない。


「とりあえず、やってみるしかないだろう」


 有浦はそう言葉を出す。そんな言葉を耳に入れて、僕は改めて諦めたように溜息を吐いた。


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