第二十六話 無垢な花
十年前のあの凄惨な事件が起こる、二年前の出来事。
父、
父は古い付き合いの知人に逢うため、ふたりを連れてここまで来たのだが、前以上に立ち入りを禁止されているようなその仕様に苦笑を浮かべていた。
「なにか理由があるのだろう。あの者たちは凡人の私とは違い、仙に近いと謳われる才能溢れる天才道士。故に、少し変わっているとも言われるが、私にとっては自慢の道友なのだ」
剣や武芸を極める事によって仙への道を説く流派である、
もちろん方術を得意とする門派の道士が楽であるという意味ではない。こちらはこちらで持って生まれた才能と知力、そもそも法力をどれだけ高められるかによって能力に差が出る。
この先に住む道士の夫婦は後者の中でも上位の道士であるにも関わらず、門派に属すわけでもなく、自ら門派を開くわけでもなく、とにかく山に籠ってなにか難しい研究をしているらしい。
たまに手に負えない依頼を知り合いの門派から請け負い、本来貰えるはずの半分以下の報酬を得る。まさに必要最低限の暮らし、自給自足の日々を送っているのだ。
「これが最後の陣のようだ」
予め聞いていた陣の一時的な解除方法で、
目の前に現われたのは天才道士が住む場所の想像とはかけ離れた、いくつかの平屋の建物と畑以外なにもない、平穏そうな田舎の山村に似たのんびりとした光景だった。
「うん、良くも悪くもなにもない場所だね」
「山頂だけあってちょっと肌寒いかな。
問題ないよ、と
(門派の将来のためとはいえ、その
例えば独自の術や剣技、陣などがこれに該当するだろう。退魔剣を使い戦う
父が求めているのは、それとはまた別のもののようだ。自分たちを連れて来たのにはなにか意図があるのだろうか。
「兄さん、あそこに誰かいるよ?」
肩くらいまでの柔らかそうな茶色い髪の毛が、強い春風によって色白な頬にかかり、眼を細めながらそれを防ぐように右手で耳にかける仕草が、なんだか可愛らしかった。
白い花々が咲き乱れる中、ゆっくりとこちらを振り向く姿を目にした時、
あの時の光景は、今でも忘れられない。その少女が実は少女ではなく、ここに住む道士のひとり息子であることを、この後すぐに知ることとなった。
******
父は事情を話し、その知人たちは快く引き受けてくれた。寧ろ、彼らの研究心に火を点けてしまったようで、「そういうことなら三日、いや五日待ってくれれば!」とここの主である
「すまない。君たちは君たちの研究があるだろう。話を聞いてくれただけでも私は嬉しい。そんなに急がなくとも時間のある時でいいのだが、」
「ふふ。気にしないで。私たちの研究は急いでやるようなものではないから、合間に違うことをするのは日常茶飯事なのよ? 息抜きというやつね」
ぶつぶつとなにやら唱え始めた夫を放置し、明るい笑みを浮かべた彼の妻である
「息子さんたちも立派になって! しかも厳ついあなたに少しも似ずに、見目麗しい素敵な青年に育ってくれて、私は本当に嬉しい!」
「う、うん。気持ちはわかるが、そういうことは本人を目の前に言うことじゃない」
「····母上、父上、お話まだ終わらない?」
そんな中、扉に半分隠れた状態でこちらを窺いながら、遠慮がちに声をかけてきた幼い声。それはあの白い花が咲いていた花畑の中にいた少女だった。大きな翡翠の瞳は、知らない大人たちに向けられており、どこか不安そうに見える。
「
先程までひとりでぶつぶつとなにか呪文を唱えるようにひとり言を呟いていた
扉に隠れていた少女は戸惑いながらも、ゆっくりと部屋に足を一歩踏み出し、それから飛び込むように
「見て見て、可愛いだろう? この子は俺たちの
可愛らしい自慢の抱き上げて、
そのふたりの子である
「おい····仮にも自分の
「え? だって可愛いから、ね?」
「え? 駄目なの? こんなに可愛いんだから、別にいいんじゃない?」
駄目だ、この夫婦····
彼らは自分の息子が可愛いからという理由で、幼女用の白い上衣の下に、薄桃色のひらひらとした下裳を穿かせていたのだ。
「今日は
そんな大人たちをよそに、抱き上げられ顔が近くなった父親である
「うーん、そうだなぁ。今回は討伐の依頼で隣の町まで行ってるから、早ければ明日には戻って来るかな? まだ三日しか経ってないのに、寂しくなっちゃったの?」
「違うもん。寂しいなんて言ってない。つまらないだけだもん」
むぅと頬を膨らませて反論する
「ああ、
それから他愛のない会話が続き、そのまま夕餉を一緒に食べた後、
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