第二十五話 兄弟
夕刻を過ぎても戻って来ない
この数年、いくつかの修仙門派が衰退したという噂を何度となく耳にした。その原因は、魔族の襲撃ももちろんあるが、その裏である人物が暗躍している事を知っている。
なんのために、そんなことをしているのか。理由はただひとつ。ある門派の名を五大門派のひとつに並べるためということに気付いた時、
「ただいま、兄さん。今戻ったよ」
後ろから投げかけられた声と同時に、そっと懐に文を忍ばせる。変化を悟られないように、いつも通りの態度で、
「悪かったね。戻って来て早々、門下弟たちの修練に付き合わせてしまって」
「俺は全然かまわない。道士たちとも交流を深められたし、久々に他人と言葉を交わせたから楽しかったよ、」
十年ほど閉関し、誰もと関わらずに山に籠っていた
彼と会話を交わした者たちは、きっと彼のことが好きになったに違いない。そいういう才能というか、多くのひとを心酔させる資質を持ち合わせており、誰からも信頼される要素を昔から備えていた。
「すでに耳に入っているかもしれないが、私はこれを機に
文机は壁側の大きな円状の格子窓の下に置いてあり、
「それは、兄さんの意思? それともあの爺さんの命令? それによって答えは変わるかもね、」
少しだけ、ほんの少しだけ
爺さん、とは門派の頂点である老師のことだろう。
「
「俺は、兄さんが望むことを叶えたい。それを兄さんが望むなら、もちろん受け入れる気でいるよ。でも、まだ戻って来たばかりで門派のみんなの気持ちもあるでしょ? そういうのもちゃんと消化してからの方が、みんなのためにも良いと思う」
先程とは逆に、まったく曇りのない表情と柔らかい声で、
しかし
(そうやって、今までもこれからも他人を欺いて生きていくのだろう)
彼の本質は、ただひとつ。
(私の"望み"を叶えるためならば、なにをしてもいいと思っている)
兄の望みを叶えるためという、一見立派な理由に思えるが、彼の
「あの子、別棟で生活してるんだね。ついさっき挨拶をして来たよ。思った通りの美人さんに成長してた。でも残念。俺のことは全然憶えていなかったみたい。まあ、あの時はまだ小さかったし、幼い頃の記憶なんてそんなものなのかな」
彼の言っている『幼い頃の記憶』というのはそのさらに前のことで、父に連れられて行った、あの場所での出来事のことを言っているのだ。
「それに、あの子の傍にいた子に睨まれちゃったよ。あの子もあの時一緒にいた子でしょ? 記憶が戻ったの?」
「どうだろうね。十年前にふたりを保護した時は、お互いにまったく反応がなかったし、興味もない感じだったから、無理に一緒に行動させないようにしていた。師の肩書を与える前に、時々だが私が率いる討伐隊の編成で同じ隊に組み込んだこともあるが、ひと言も会話を交わさないし、近寄ろうともしなかった」
ふたりの記憶を戻すのは難しいだろうと思い、それ以降は別々に話をするようにした。
そんなふたりがいつの間にか弟子と師の関係になっており、どうなることかと思っていたが意外にも仲良くやっているようだった。
「兄さんは、どう? あの子とは上手くいってる?」
「上手くいくもなにも、」
「ごめんごめん、俺の言い方が悪かったみたい。兄さんを困らせる気はないんだ。今のはなし。忘れてくれていいよ」
「あの子たちすごく仲良さそうだったから、記憶が戻ったのかなって思ったんだ。もしかしたら、昔の俺たちのことも思い出してくれるかもね、」
「たった数日の出来事を、ずっと憶えていられる者などいないさ」
あの時の思い出が、
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