第十七話 疑念
ぽつりと、無意識に零れた言葉。
「······紅い蝶、」
(やはりあなたが····私の、)
視線が重なる。灰色がかった青い瞳。紅い蝶が彼を守るように飛び交っている。その光景は悍ましくもあり、毒々しくもあり、美しくもあった。
「あなたが遅いから、全部俺が葬った」
ゆっくりと近付いて来たふたりに対して、
「これは、俺の一族だけが持つ能力で、使うには色々と代償が····、」
こちらを見つめたままなにも言ってこない目の前の師に動揺したのか、
「痛みますか?」
左手に握られている刀剣をつたい滴る赤。そこから生まれ続ける紅蝶に目を奪われながらも、
「私のせいですね。先に救援を呼ぶべきでした。この村の者たちが
「別にこれは····奴らにやられたわけじゃない。自分でやったんだ。あなたの判断がどうとかそういう問題じゃなくて、俺が選んで決めたことだ」
左腕に触れていた
確かに軽傷ではない。あの
「だから、あなたには関係ない。無駄に気にされても困る」
(心配してくれているひとにその言い方は····色々と誤解されてそう)
「あの、おふたりは結局、どういう関係なんですか?
冷たい
「もうすぐ火柱に気付いた見張りが
身体は
あのままにしておけば、老人も
宿に戻るまでの間、三人の間をひらひらと紅蝶が飛び交っていたが、しばらくすると一頭ずつすぅっと消えて、月明かりだけになった。
村の外れにある墓地へと辿り着くと、
離れた場所で符を使って大きな火を熾し、無言のまま三人は浅く穴を掘る。この地域は火葬する風習があるため、遺体を焼く必要があったのだ。
そうしている間に、
誰かのせいにもできず、理不尽に奪われた唯一の家族であった祖父。肉が焼け完全に骨になるまでは時間がかかるだろう。
思い出せば背筋がぞくりと冷え、指先が震えた。あんな化け物になってしまうなんて、村の皆に一体何があったのか。なぜ自分だけ生き残ったのか。
祖父が命を賭して守ってくれたこと、
「父さん、母さん、じいちゃんの魂をふたりがいる所へ連れて行ってあげて」
せめてどうか、ふたりの許で穏やかに暮らせますように。
そう、願わずにはいられなかった。
******
火竜の火柱が立った。見張りの者がその異様さに驚き、慌てて報告に来た。それはあの麓の村から上がったもので、
(····やはり
後悔しても今更遅い。
この依頼を受けた時から、嫌な予感はしていた。依頼は村の代表からのものだったが、失踪人の数を思えば、大事にしたくないという理由だけで遅らせるには違和感があった。それでも彼らを行かせたのは、彼らならなにがあろうと上手く動けると思ったからだ。
だが、あの
村に着き、すぐに
「すみません。私が
新しく作り出した符の効果を試すには十分な状況だったわけだが、威力が強すぎたのが裏目に出てしまったのだ。
「いや、君たちが無事で良かった。魔族と接触したと言っていたが、」
「はい、それに関しては私の落ち度です。逃げられた上に、犠牲者を多く出してしまいました。どうやって村人たちを
この血はどうした? と、
「私の、ではありません。だから、気にしないでください」
「
「私は、あなたを信じてここまでやってきたつもりです。あなたは····私に何か隠していることはないですか? この先も、信じていいんですよね?」
この一日半ほどの間に、彼の身になにがあったというのだろうか。
「もちろんだ。私が君に隠し事などするはずがない。あの日から、君を大切に想う気持ちは、少しも変わっていないのだから」
しかしこの小さな綻びがやがて大きな亀裂になり、破滅へと繋がることなど、この時のふたりは知る由もなく。
多くの謎と
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