第十六話 残された者
襲って来る
触れようとすれば鋭い風が無数の刃となって触れた者の四肢を傷付け、終いには四方八方に吹き飛ばされるのだ。
宿屋の前には
扉の奥から
「南海赤龍王よ····我が呼びかけに応え、悲しき者たちに導きの焔を」
その符を宙に投げたその瞬間、赤い焔に包まれた火竜が現れ、扉の前にいた
燃え上がる火柱。
「
「その声······
希望の光でも見つけたかのように、
やっと扉が開いて、勢いよく飛び出して来た
「じいちゃんが! 俺を庇って····っ」
え、と
胸が上下している様子もなく、すでに亡くなっているのだと遠目でもわかってしまった。そ、と遠慮がちに頭を撫で、
そして事の経緯を話せる範囲で説明し、この村には自分たち以外生きた人間はいないのだと伝える。そんな悪夢みたいな状況を、
「はは····あはは······そんなよくわからないものに、じいちゃんが殺されただなんて····しかも村の皆が生きた屍になって、俺たちを襲ってくるなんて······こんなの、笑うしかないじゃないですか」
「
悪いのはこの悲劇を生みだした者であって、
研究し探究するものは違うが、誰かの犠牲の上に生まれるものなど
魔族は人間と対立関係にあり、お互いに憎しみ合い、殺し合う運命にある。
けれども、それは誰の意思なのか。遠い昔に魔族が人間を裏切ったと書物には記されているが、それははたして真実なのか。触れあい、言葉を交わしてみれば、自分たち人間との違いなどほとんどない気もする。
だからといって、仲良くなれるかと言われれば即答はできない。生まれた時から植え付けらた偏見と過去の惨劇がそれを赦さないのだ。
「あなただけは、責任をもって私が守ります。絶対にこの手を離さないでください」
衣を強く握りしめていた、自分より少し小さな左手を包み込むように触れる。その表情は慈愛に満ちた美しい天女のようで、
「すべて片が付いたら、おじいさんのことも穏やかに眠れるように葬送しましょう」
途中、何体もの
「あなたは見知った顔も多いでしょう。怖ければ目を閉じていてください」
「いいえ······俺は、村の皆の最期を見届ける義務があります」
それが、生き残った者ができるせめてもの弔いだと。そんな風に強い瞳で呟く
のんびりとしているがしっかりしていた印象のあったこの少年を、変えざるを得ないこの惨劇。唯一の家族を亡くした彼もまた、この夜からたったひとり生きていくことになる。
それがどれだけ辛いことかを身をもって知っている
「私は一応これでも
「そんな····いいんですか? 俺なんか何の役にも立たないのに」
「もちろんです。役に立たないだなんて、そんなことは気にしないでください。私も魔族に両親を殺され、身寄りもなく、拾われた身なんです」
そうなんですか?と
「あ、でも私、門派の皆には疫病神などと呼ばれてますが、それでも平気ですか?」
冗談でも言うように肩を竦めて、
この村で起こったことは、目の前のひとのせいではないし、
庇って亡くなった祖父を想えば、なんとしてでも生きてやろうという気持ちの方が大きかった。
「俺は、あなたについて行きます」
ぎゅっと握り返した手はひんやりと冷たかったが、自分の手には心地好く、なによりも月明かりに仄かに照らされた、
命の恩人であり、自分を導いてくれるだろうひと。
そして
薄墨色の闇夜の中、紅く光る蝶の群れに囲まれ、赤く染まった刀剣を手に半月を見上げる青年がひとり、路の真ん中にぼんやりと立っている。
青年がこちらに視線を向けると同時に、彼の周りを飛び交う蝶たちの紅く光る透明な翅が、ひらりはらりと闇夜に瞬いた。
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