本編

 早朝の『よこはまコスモワールド』は静まり返っている。大好きな遊園地のアルバイトに張り切ってしまったあなたは予定よりも早く到着してしまったようだ。

 誰もいない遊園地に気後れしながら『ブラーノストリート・ゾーン入口』へと歩を進めていると、どこからか声が聞こえてきた。


「……ぉーぃ。……おーい。…おーい!

 よく来たね。俺は君の教育係をすることになった「ユウキ」だ。今日はよろしくな!早めに出勤してくれて助かるよ。結構ギリギリに来る人が多いんだ。

 そうだ!時間に余裕もあるし少し園内を歩いてみないか?コスモワールドはチケットがなくても園内を歩けるから、場所を聞かれることが多いんだ。働きだしたら景色なんて見る余裕ないし、今のうちに施設内のマップを確かめておくのはどうかな。

 ……よし、決まりだな」


 ユウキがニコリと笑った瞬間、ごぼりとまるで水中にいるような音が聞こえたような気がした。


 *


 二人で『キッズカーニバル・ゾーンにあるメリーゴーランド近く』を歩いていると、ユウキが大きなメリーゴーランドを見つめながら懐かしそうに話し始めた。


「よこはまコスモワールドは大まかに3つのエリアに分かれている。まずは、ここ『キッズカーニバル・ゾーン』だな。

 俺は子供の頃からこの遊園地で遊ぶのが大好きで、親父と一緒によく『メリーゴーランド』に乗ってたんだ。夢中になりすぎて一度迷子になってからは絶対に親から離れないようにって気をつけるようになったんだけどな、はは。

 …だからかな。困ってる子供を見ると放っておけなくて。仕事中はもちろん対応するけど、オフの時でもさ、迷子に声かけて一緒に親を探しちゃうんだよな。

 君は、子供が困っているのを見かけたらどうする?

 ……もちろん助けるよな?」


 和やかに話していたユウキが強い口調であなたに問いかけた。突然の質問に狼狽えたあなたは言葉に詰まってしまう。

 そんなあなたを気にもとめずにユウキは再び園内を歩き出した。あなたは居心地の悪さを感じながらも彼についていくのだった。


 *


 次にユウキが立ち止まったのは『ブラーノストリート・ゾーンにある恐怖の館の前』だった。

 いつもは悲鳴が聞こえてくる場所は静まり返っている。


「『ブラーノストリート・ゾーン』はイタリアにあるブラーノ島のようなカラフルな街並みをイメージしてるんだ。この辺りは歩いているだけで楽しいだろう?

 ちなみにコスモワールドにはお化け屋敷が二つあって、ここには洋風お化け屋敷『恐怖の館』があるんだ。

 君はお化け屋敷は得意かな?『恐怖の館』は自力で歩いてゴールまで行かなければならないから半端な覚悟じゃダメだぞ?

 ははは。俺はちゃんと歩けるさ!

 そういう君は怖いときにちゃんと歩き出せるタイプかい?

 まさか怖気づいて何もできない、なんてことには……ならないよな?」


 付近の説明をしていたユウキがまたも声音を鋭くさせた。

 底冷えするような声に身震いしたあなたを置いてユウキは案内を続けていく。

 あなたは徐々に不安を感じ始めていた。


 *


 ユウキは『国際橋』の中ほどで立ち止まった。ブラーノストリート・ゾーンとワンダーアミューズ・ゾーンを繋ぐように位置するこの橋にもやはり人気は一切ない。

 ユウキは海の方へと必死に目を凝らしていて、その尋常ならざる様子にあなたは恐怖を感じるのだった。


「……ん?

 何か、微かに、声が聞こえないか?助けを求めるような苦しそうな声が。

 ……ほら!また聞こえたぞ。今のは君にも聞こえただろ?

 なんだって聞こえない?君、冗談はよしてくれよ。声はどんどん大きくなってるんだぞ。女の子の声だ。女の子が俺たちを呼んでる…。早く助けてあげないと!

 あそこだ!あそこで呼んでいる!!

 ……うぅっ叫び声が大きくて頭が回らない。

 はやく、はやくしなきゃいけないのに!頭が割れるように痛い。

 おい君、何をぼうっと見ているんだ!?

 はやくあの子を助けなくては…!

 なに?女の子はどこだって?こんな時に何を言っているんだ!?

 あそこで、溺れながら必死に顔をだして、懸命に助けを求めてる女の子が見えないのか!?

 …そんな子はいない、だって?

 何を言っているんだ…。

 まさかお前はあの子を助けないつもりか?

 俺は違う。俺は助ける。

 ……そうだ!あの日も俺はあの子を助けるために海へ向かったんだ。そこで見ているお前と違ってな!

 お前はあの子を見殺しにするつもりなのか?そんな人間なのか?…なぁ!?」


 溺れた少女がいるとユウキはあなたへ助けを求めたが、あなたは少女の姿はおろか声を聞くことさえできなかった。

 そんなあなたをユウキは責め立ててくる。

 彼の形相に驚いたあなたは彼から逃れるべく走り出した。


 *


 思わずユウキから離れてしまったあなた。

『ワンダーアミューズ・ゾーンの海に面した道』の近くへ辿りつくと、遠くからあなたを呼ぶ声が聞こえてきました。


「……ぉーぃ。……おーい。…おーい!

 こっち、こっち。こっちだ。

 はやく、誰か救急車を呼んでくれ!女の子が溺れているんだ!!

 はやく!はやくはやく!!彼女が死んでしまう…!

 誰か、だれか来てくれー!!

 なぜ、誰も助けないんだ!?

 なぜ、君は助けてくれないんだ!!

 はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく!!

 は や く こ っ ち に こ い !」


あなたを呼ぶユウキの声はどんどん大きく強くなっていった。

耳を塞いで必死に聞こえないふりをするあなたは『国際橋』で起こった事故を思い出していた。

つい先月のことだ。

とある少女が橋から転落してしまい、助けようとした『よこはまコスモワールド』の男性従業員と二人、溺死してしまったという悲しい事故だ。

もしかしたら、その従業員の男性は今も少女を助けるべく彷徨っているのかもしれない。

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呼ぶ声 初咲 凛 @SHANTAU

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