第3話 地震雷火事他人

茫然自失の中、吉住の耳に車掌のアナウンスが入ってきた。


そして、正気にかえった彼は自身が一駅乗り過ごしていたことに気づいた。電車がとまり、席を立って急いで降りようとする。


しかし───


「"てんとう虫"。なんちゃって」


「おいゆうとやめろってそれ不謹慎だぞ。そういうのは "よちてー"

ってしまったぁ。俺も言っちゃった」


高校生が甲高い声で談笑している。


社会をなんも知らないガキどもが。


吉住にはもはや怒りしか湧いてこなかったが、言うまでもなく、彼は立派な大人である。


電車から降りて再びドアが閉まるまでの間、彼らを表情筋に全ての力を込めてとてつもない形相で睨み続けてやったのだ。


手を出したら負けであり、このくらいで済ましてやるのが最大限できる嫌がらせだ。少なくとも彼の美学に基づくと。


しかし、その集団のうちの一人と窓越しに目が合った。


嫌な予感がしたと同時に、彼は驚愕した様な目をして他の奴の肩を叩き、俺を指さして何か言っていた。他の奴が吉住を見たり見なかったりするタイミングで電車は通り過ぎていった。


結局あの電車の中ではあの集団を逸脱して騒ぎとなったかどうかはわからない。


吉住は極力その日はうつむくようにして家路に着いたが、おそらく自分とは無関係であろう笑い声を、全て自分に対するものではないかと疑わずにはいられなかった。



翌日、出勤した彼に部長はこう告げた。


「すまないが、うちはクリーンなイメージを保つために大きな企業努力をしているんだ。昨日警察から電話がかかってきt...」


「もう結構です。今までお世話になりました。」


もう聞きたくないから途中でやめさせた。


部長は不憫そうな顔をしながら



「すまないね。君が悪くないのはわかっているんだが。7年間不出来な上司の下で働いてくれてありがとう。」




理不尽だが、自分でもそういう社員がいれば首を切るのが無難だ。だからもう、受け入れるしかなかった。






この日以降、彼は退職金を含めた残高全額を引き下ろして家から出ていない。



今日で引きこもり生活を始めて3年が経つ。SNSで自分の顔、自分への中傷を見てももうどうも思わないのだ。理不尽に自分の人生を終わらされたことへの怒りも、もうなかった。


いつも通り塞ぎ込む。そんなあってないような日々の内の一つであった。

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