第2話 雨のち曇り

まず吉住の目に入ってきたのはこんな投稿であった。



「いつもより機嫌のいい妻とケーキバイキング行ったんだけど、妻が俺のケーキまで食べようとするから、「よちて」ってショタサンLの言い方で言ったらガチで妻との仲が悪くなったわ、あの性犯罪者はよ捕まって極刑になれ。」



投稿者のKYな行動を凶悪な犯罪者にヘイトを向けることでユーモアに変えたこの投稿は2万いいねされ、8000人によって拡散されていた。さらにその投稿へのリプライ欄を見てみる。


そこには、吉住が「よちて」という台詞を、子供の真似をしながらおちゃらけて放つ映像をそのまま送信したリプライがいくつもあった。

これは確かに大学時代の彼である。彼はあまりの焦燥感で、背中が極端に熱いのか冷たいのかもわからなくなった。

そして同時に、自分がネット上で「ショタサンL」と呼ばれていることを知った。滅多に開かない彼のSNSのタイムラインは更新され続け、その度に彼は彼への中傷を目にすることとなった。


既に警察から見捨てられた彼はどうにかならないか、汗も止まらず泣き出したくなる気持ちのまま、電車に乗って席に座った彼は、自分が性犯罪者として拡散された原因を探ることにした。


彼はまとめサイトを次々と参照することによって、どうやら、吉住が撮影された映像のうち、彼だけが切り抜かれて小学生の映像と合成され、知らないうちに小学生好きの変態役や本物の小学生の前で、小学生になりたくてもなれない劣等感を抱いた憐れなおじさん役をやらされていたことや、その合成された映像が数年前から「ショタサンプルA~S」としてその手の性的嗜好者御用達サイトで出回っていたこと、吉住を除く3人は既に捕まっているのに彼だけは特定すらもされていない事からレジェンドと祭り上げられてショタサンL(レジェンド)と呼ばれているということがわかった。また、彼の言った数々の台詞は「ショタサン迷言集」と呼ばれているらしい。


さらに1番彼の名誉を傷つけたのは、この事件について報じたネットニュースの記事の最後には必ずと言っていいほど


「警察はネット上の映像に映っているもう一人の男も事件に関わっているとして行方を調べてい

ます。」


という結びがされていたことだった。吉住自身も、昔からこのような結びを見聞きすると必ずその人も犯罪者だと心の中で勝手に決めつけていたように、みんな吉住のことをなんの疑いもなく犯罪者だと決めつけていたのだ。


このニュースは少々のセンシティブな内容を含んでいるため、地上波で少しも踏み込んだ内容の報道がなされず、ネットニュースをほぼ見ない彼は自身が実質犯罪者として報道されていることに対して全くの無知であった。


彼は文脈が途切れ途切れの言葉が脳を流れる中、血眼となってその中から大学時代から7年、自分が随分と歳を重ねたということを見つけ出した。


「もう俺はあんな顔じゃない、違うんだ、そうだ」


そう必死に自分に言い聞かせたのだった。


そうしている内に、幾分は先程よりも心理的緩和がなされたものの、いまだに拭えない体のどこかにある差し迫った不安と額の汗が、揺れる電車の中で彼をゆったりと蝕んでいくのであった。

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