第21話 IciaException

 翌日――


 ユキは用務員の職場へと向かっていた。


(なんだか、不思議な一か月だったな……)


 ユキはこの一か月の貴族たちとの日々をなんとなく回顧する。


 拉致から始まった、今思えば、結構、理不尽な仕事であったが、いろんな意味で刺激的ではあった……


(ま、気持ち切り替えていかないとな……!)


 そんなことを考えつつ、ユキは職場に辿り着く。


(お、イントだ……!)


 久々の相方の姿も目に入る。


 早速、声をかける。


「おっす、久しぶり、イント」


 が、しかし……


「お前、なんでいんの?」


「え……?」


 ユキは凍りつく。


「なんでって……」


 すると、主任用務員もやってきて……


「おい、ユキ・リバイス……お前の籍はねえぞ?」


(えぇえ……!? 一月ひとつきも行ってなかったから……クビになった? え、でも、それはアイシャ様が有休にしてくれていたはず……)


「な、なんでですか?」


「は? お前……聞いてねえのかよ?」


 と主任担当者が怪訝な顔で言う。


「え……?」


「ユキ、達者でな……」


 と、イントはなぜか微笑む。


(ん……? ん……?)


 と……


「おい、ユキ・リバイス」


「……はい?」


 気付くと、後ろにはどこからともなく王立学園高等部のえんじ色の制服を着た屈強な男子生徒二名が現れ……


(ん……? この展開はどこかで……)


 ユキをかつぐ。


(やっぱりぃいいい!!)


「「えっほ! えっほ! えっほ!」」


 屈強な男子生徒二名はそのままユキをどこかへ輸送していくのであった。


 ◇


(えーと……)


 ユキは屈強な男子生徒二名により、謎の個室に連行されていた。


 男子生徒は「とりあえずここで待て」と言い残していなくなり、現在、個室にはユキがぽつんといる状態だ。


 ご丁寧に四肢は椅子に固定されており、動かすことができない。


 と、個室の扉が開く音がする。


 個室に入って来たのは、王立学園高等部の制服であるえんじ色のブレザーを着用した透き通るような白銀の髪の極めて均整の取れた顔立ちをした少女だ。


「…………どういうことですか? アイシャ様……」


 個室に入って来たのは、王立学園高等部の生徒会長らしい少女……アイシャ・イクリプス……その人だ。


「ユキ…………どうしてだ?」


「へ……?」


 アイシャはなぜか少し目頭に涙を浮かべていた。


「どうしてやめてしまうんだ?」


「……はい?」


「だから、どうして研究開発室をやめてしまうんだ? と……」


「……!」


「やはり辛かったのだろうか? 待遇改善を希望か?」


「…………え、えーと……」


(つまり……えーと、そういうことか……)


「……すみません、てっきり冷蔵庫の完成をもって、業務終了なのかと……」


「……! そ、そういうことか……! で、できれば……差し支えなければなのだが、もう少し続けてほしいのだが……というか、もう用務員の方は除名させてもらっているし……」


(めっちゃ下手したてなのに、もう退路なくしてるじゃないですかーー!)


「ユキ、昨日、聞き忘れていたのだが……」


「はい……?」


「冷蔵庫について、今後、さらなる改良、アップグレードできる可能性はどれくらいある?」


「え……?」


 想定外の質問にユキは口をぽっかりと開ける。


「あ、すまぬ……やはり難しいか……欲張りが過ぎたか……」


「あ、いえ……1号の魔法論理マジック・ロジックは納期重視で、比較的、容易なものですし、改善の余地はまだまだあるかと……」


「なるほど……では、例えば倉庫クラスのものを冷却するといったこともできる可能性があるだろうか」


「そのサイズになれば、魔法補助具を複数設置するなども視野に入ってくると思いますが、断言はできませんが、十分に可能性はあると思います」


「そうか……ありがとう……もしこれで……食糧の保存がきくようになれば……猛暑の食糧問題の解決に少しでも……」


「……!」


(…………アイシャ様……〝なぜ冷却装置を作るのか〟については今まで一度も言わなかったけど……そういうことだったのか……)


「……」


 ユキはふと、城外の物乞いに昼食を分けてあげた日のことを思い出す。

 昨今の暑すぎる夏により、食糧の保存がきかずに、食糧危機が発生していたのだ。

 早いもので、それはもう一月程前の話……アイシャに拉致される前日の出来事だ。


 だが、ひょっとすると自分ユキにプレッシャーをかけないために、アイシャはあえて理由を告げていなかったのかもしれないとユキは思うのであった。


「アイシャ様……では、引き続き、研究開発室での業務を続けてもよいということでしょうか」


「あ、あぁ……!」


 ユキの言葉を聞き、アイシャはほっとしたような顔をする。


「あ……というか、その……研究開発室というか……」


「ん……?」


「あ、えーと……その……ユキ!」


 アイシャは何か吹っ切れたのか急にキリっとした顔つきになる。


「君は王立学園高等部に編入することにした!」


「………………?」


 ユキはよく意味がわからなくて、ぽかんとなる。


「だから、君は王立学園高等部に編入することになったのだ!」


「え……? え……? ちょっと意味が……自分、〝無才〟の平民ですし……それに学費とか……親に相談しないと……」


「君が〝無才〟? バカバカしい指標だ。君の稀有な才能は私に言わせれば、議論の余地もない」


(……)


「それに王立学園高等部は知っての通り身分主義ではなく、実力主義だ」


(……表向きは……って話ですよね?)


「それと、金銭面、生活面については気にするな。君が〝特待生〟でないというのなら、誰がこの制度に値するというのだ?」


「あ……はい……」


 ユキはアイシャの勢いに押されてしまう。


 こうして、ユキの王立学園高等部への編入が決定するのであった。

 いや、もうすでに決まっているのであった。

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