第9話 要件定義

「要するに、この研究開発室では、生活を豊かにする道具の開発を行っているというわけだ」


「なるほどです……」


 オーエスとソレハの説明の通り、アイシャ様直属の研究開発室では、生活に便利な道具の開発を行っているとのことであった。


「例えば、僕が開発したのはこんな道具だ」


 オーエスはそんなことを言いながら、直径20センチメートル程度のドーナツのようなチューブ状の物体を取り出す。


「おぉ……!」


 何やら大がかりな装置にユキはよくわからないながら、感嘆の声をあげておく。


「それで、えーっと、これは……どのように使うものなのでしょうか」


「このチューブの中心部分に、このようなコップをセットする」


「なるほどなるほど……」


「例えばコップにはフルーツジュースなどをついでおくといいだろう」


「おぉ……それでそれで……?」


「そしてだな……〝流水よ――〟」


(え……? 魔法詠唱……?)


 突如、オーエスは魔法の詠唱を始める。


「対象を冷気へ導け 氷水アイス・ウォーター〟」


(…………!?)


 ドーナツ状のチューブの中に、冷たい流水が駆け巡る。


 そして……なんと中央に据えられたコップの中のフルーツジュースが……


「このように、この瞬間冷却装置を使うと、いつでもキンキンに冷えたフルーツジュースを飲むことができる」


「おぉおおおお!!」


(おぉお………………お?)


 オーエスのプレゼンテーションの勢いに押されて、なんとなく感嘆の声をあげてしまったユキであったが……


(ほぼ魔法の力じゃねえか……!)


「今のは序の口、他にも、このような道具がある」


 オーエスは今度はノズルとタンクを組み合わせたような装置を取り出す。

 それはまるで……


(掃除機かな……?)


「この装置はな、風魔法を使うことで、地面の塵や埃を吸い出すことができる画期的な道具だ」


「おぉおおお!!」


(やっぱり掃除機だ……!)


「…………」


(ん……?)


 オーエスは今度は実演せずにそそくさと掃除機を片付ける。


「なお……実際に使うにはー、そこそこの風属性魔法の使い手が必要な模様ー……」


 横で聞いていたソレハがぼそりと言う。


「あっ、ソレハ……! それは企業秘密だと……!」


 オーエスは焦りの表情を見せる。


「オーエス、あなたの道具は結局、魔法頼りで、便利な道具とは程遠いんだよー!」


 今度はソレハが前に出てくる。


「オーエスとは違って、私は利用者に寄り添ったデザイン……〝完全無動力〟の道具を開発してるんだよー」


「おぉおおお! あ、すみません」


 ユキが感嘆の声をあげるとオーエスのやや鋭い目線を感じたため、ユキは反射的に謝罪する。


「嫉妬は見苦しいよー、オーエス」


「嫉妬じゃないわ……! そういうなら、ソレハ……君のこだわりの完全無動力の道具……利用者に寄り添ったデザインとやらを見せてくれ」


「っ……言われなくてもそのつもりだよー……一つ目ー……!」


 ソレハはそう言うと、なにやら高さ15センチメートルくらいの自立する簡素なスチール素材の装置を取り出す。

 装置上部には何かを括り付けられるようなカーブが付いている。


(こ、これはまさか……)


「ふふふ……困惑している様子だねー……この上部な反り返しがこの装置のミソなんだよー……なんとここにー……」


 ソレハはユキが予想した通りにバナナを取り出し……そして、上部に引っ掛ける。


「そう……これはバナナ置き機スタンドなんだよー」


「…………おぉぉおおお!!」


 ユキは無理やり、感嘆の声をあげる。


「ふふふ、この装置の素晴らしさがわかるなんて、あなた、有能そうだねー」


「いや、驚くまでに少し間があったよな?」


「……」


 オーエスのまっとうな指摘をソレハは無視する。


「他にもー……!」


 ソレハはその後もいくつか魔法を使用しない道具を紹介してくれた。


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 手動扇風機……レバーを押すことで扇風機が周り、冷感を感じることができる。ぶっちゃけ氷魔法の方が涼しいのは内緒だ。


 魔法瓶……断熱素材を用いた水筒で飲料水などをいれておくと、一定時間保温してくれる。現世にあった魔法瓶にちかいもので、これは普通に便利。


 全自動卵割り機……レバーを回すことで、卵を割ることができる。手で割った方が早いような気もするが、ソレハ曰く、この装置で割った卵は思わず驚嘆してしまうほど、うまいらしい。


 などなど……

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「どう? 便利でしょー!?」


「あ……はい……魔法瓶は特に便利だと思います……」


(魔法使ってないのに、魔法が名称に入っているのがなんとも皮肉だな……)


「こらこら、ソレハ……ユキくんが困っているじゃないか」


「「「!?」」」


「あ、アイシャ様……!」


 気が付くと、いつの間にやら、アイシャが研究室に戻っていた。


「アイシャ様、どこ行ってたんですかー!? 私たちに説明を丸投げしてー……!」


 ソレハが憤慨気味にアイシャを問いただす。


「すまない、猛暑対策委員会の方に顔を出していた……」


(……猛暑……)


「っっ……! アイシャ様は一人で抱え込みすぎなのですー……」


「ソレハは心配してくれているのかな……? だが、私がやりたいことをやってるだけだ……」


「っ!? そ、そりゃあ……少しはー……」


 ソレハはもごもごしている。


「ところでユキくん」


「あ、はい……!」


「なんとなくこの研究開発室の様子がわかったかな?」


「はい、お二人のおかげで……」


「そうだろ? 二人とも優秀な研究員だ……少し癖は強いがな……」


「「っ……」」


 オーエスとソレハの二人はなぜか照れている。


「おかげ様で研究開発室の様子はわかってきたのですが、少し疑問があります」


「……なんだ?」


「自分はアイし……」


(いきなりファーストネームは不躾か……)


「えーと、アイシャ・イクリプス様から、〝食糧を冷やす装置〟を作ってほしいと言われていますが、すでに、オーエス・フリー様が紹介されていた瞬間冷却装置があるかと存じます。あれは飲料水を冷却する装置ではありましたが、食糧を冷却するのにも転用可能かと思いました」


「うむ……確かにそうだな……」


 アイシャは頷く。


「オーエスの瞬間冷却装置は確かに短時間に少量のものを冷やすには適している。だが、私が今、求めている冷却装置は、

 〝長時間〟、〝大容量〟

 を冷却できる装置だ」


「……!!」


(要するに……〝冷蔵庫〟か……)


 それは前世では各家庭にあるような至極一般的な家電であった。


(アイシャ様がやりたいことはわかった…………だけど……)


「……アイシャ・イクリプス様……ご依頼内容は理解致しました。ですが、大変、申し訳ないのですが、自分にそれができるか……」


「わかっている」


「……!!」


「簡単なことではないことは重々、承知している。できなかったからといって、何か罰があるものではない。だが、魔法補助具の魔法論理マジック・ロジックを書き換えたという君ならあるいはできるかもしれないと思ったのだ」


「え……!? 魔法補助具の魔法論理マジック・ロジックを……?」


 アイシャの言葉を聞いたオーエスとソレハは口をあんぐりと開ける。


「…………わかりました。できる限りのことはやってみます」


「ありがとう……」


 アイシャはほっとするように軽く息を吐く。

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